第12話・まほうつかいのへや

 扉の向こうにいたのは、二人の男であった。


「どうだィ、調子は」


 ずかずかとヴィエーディアは部屋の奥に入り、椅子に座った。


「ヴィエーディア殿、何ですかそれ」


「猫だヨ」


「見りゃ分かります」


 ヴィエーディアより年かさの、白い服に黒のマントを羽織った男が呆れたように言う。


「このくそ忙しい時に何で猫なんて拾ってきますかな」


「おや? あたしがただ野良猫を拾ってきたとお思いかィ? ちゃーんとこの猫の目を見なよ」


 若い男が、ヴィエーディアが頭から降ろして机の上に置いたアルプをじっと見る。


「魔法猫……ですか」


「なりかけだがね」


 ヴィエーディアは笑った。


「なりかけでも魔法の力はあるんだ。これを利用しない手はないだろォ?」


「利用って」


 アルプは黙って聞いていた。ヴィエーディアには何か考えがあるのだと思って。


「こいつを使って、金のハートを探すんだヨ」


「え」


「魔法猫、でなくて、金のハートを、ですか?」


「この国にいる魔法猫は全部当たったんですよ。ノービリス家も、アリスタクラート家も、全部」


「そしてそのそれぞれに断られたし、こっそり調査して、魔法薬の材料になるだけの魔法力もないというのが結果だったではないですか」


「だーから、こいつだよ、こいつ」


 ヴィエーディアはアルプのお尻の辺りをバンバン叩く。


「こいつはまだ誰のお手付きにもなっていない上になりかけだ。金のハートの気配に敏感だと思わないかィ?」


「まあ、そう言えば……」


「そう……なのかもしれませんな」


「金のハートから魔法猫が生まれるのか、魔法猫から金のハートが生まれるのか。どっちが正しいか、魔法猫に聞いた人間はいませんけどね」


 アルプは口がうずうずしてきたけど、一生懸命ガマンした。


「どっちにしろ、金のハートの気配に敏感な可能性があるなら使わない手はないだろ? どうだィ、役に立つとは思わないかィ?」


「ん~……」


 若い男は腕を組んでしまったし、年かさの男も考え込んでしまった。


「と、いうわけで」


 アルプを置いた机の前で足を組んだヴィエーディアは、ニッと笑った。


「あたしの探索系魔法と、このなりかけの魔法感知力を利用して、金のハートを探せるモノを作ろうじゃないかィ」


「主任~!」


 若い男が叫んで、思わずアルプは背毛を逆立てた。


「このクッソ忙しい時期になんつぅこと考えるんですか!」


「ン? 何が問題なんだィ?」


「だからぁ」


「今、この研究施設にいる魔法使い全員が全力で取り組んでいることは何だィ?」


「ブール国より依頼のあった魔法薬の製造でしょう」


「魔法薬を作るには何が必要だィ?」


「……純粋に金に満ちる力、つまり自由な魔法猫の金のハート」


「自由な魔法猫なんてどうやって探し出すんだィ?」


「……方法はない」


「なら、このなりかけを使って魔法力を探す魔法道具を作るのが、一番手っ取り早いんじゃないのかィ?」


 二人の男たちは、ビシッと机を叩いたヴィエーディアの言葉にはあ、と息を吐いた。


「確かに……そうなんですが」


「まだ何かあるのかィ」


「そのなりかけが魔法猫になったら、そのまま金のハートを取り出してしまえば……」


「魔法猫は何で魔法猫になるか、教わったんじゃないのかィ?」


「馬鹿馬鹿しいと思いますが……感謝の心」


「この研究施設を含めた城で、なりかけに、感謝の心を注げる人間はいるのかィ」


「…………」


「人間ってのは業腹ごうはらなもンで、魔法猫に何かしてもらった時しか感謝できないンだ。目が金色がかってるってだけの猫に、どうやって感謝する? どうやって魔法猫になってもらうンだ」


「……無理、ですね。人間、なにかしてもらった時にしか感謝は出来ないものですから」


「感謝してやるから魔法猫になってくれってのもおかしな話だろォ?」


「そ……それは、まあ」


「幸いこの城を気に入っているのか、この通りここで大人しくしてるンだ。文字通り猫の手を借りたい事態に向こうからやって来たんだ、使わない手はないだろォ?」


「……はい、主任」


 年かさの方の男は溜め息をついてから頷いた。


「さすがは王女様付きの一級魔法使い」


「今は姫様が塔の中、ここでは単なる主任だヨ」


「いえ、王女様が成し遂げられれば、俺たちの栄誉も復活して……!」


「その為にも、姫様付きだったあたしらが、金のハートを手に入れなきゃならないンだよ」


「はいっ」


 若い男の方が感動したように返事し、年かさの男は少し首を竦めたけどそれ以上反対意見を言うことはなかった。


「とりあえず猫さん、ここで大人しくしてなヨ。なァにあたしらの力を持ってすれば魔法道具が完成するのもすぐだ。そうすれば金のハートを堂々と探せるってもんだ」


 アルプは頷こうとして、ギリギリ限界でそれを止め、「にゃあ」と鳴いた。猫らしくないことはしちゃいけないと言われていたから。


 魔法猫が勝手に城の中をうろうろしていたりすれば、追い出されるか捕まるかのどちらか。どっちもアルプは気に入らない。だけど、ヴィエーディアは「なりかけ」の自分と、王女様にも褒められていた感知の魔法力で何か魔法道具か新魔法を作って、それで城の中を探そうとしているのだ。その道具や魔法に自分が必要となったら、堂々とヴィエーディアと一緒に城の中を探せる。


 やっぱりおうじょさまがしんらいしてるひとだ。すごいひとなんだ。


 アルプはそう思って、その万感の思いを込めて、もう一度「にゃあ」と鳴いた。


 若い男の尻を蹴飛ばして研究室に追いやったヴィエーディアは、その鳴き声を聞いて、理解したのか。アルプを振り向いて、ニッと笑った。

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