第7話・おうじさまのねがいごと

「魔法猫はどうして人を助けるんだい?」


 エルアミル王子の言葉に、アルプは少し首を傾げた。


「……わかんない」


「糧を得る為とか、感謝されたいとか、そう言う感じかい?」


「ううん」


 アルプは首を横に振る。


「しんぱいなだけ。たすけたいだけ」


「心配で、助けたい……?」


「うん。おかあさんもいってた。まほうねこは、たすけたいとおもったひとをたすけるためにいるんだって。だから、ごはんやまたたびなんかのためにちからをつかっちゃだめなんだって。そうおしえてくれた」


「お人好しの猫ども、か……」


 ふう、とエルアミル王子は溜め息をついた。


「ストレーガの言いたいことも分かる。最も強い魔法を使える存在でありながら、自分の為ではなく、知らない誰かの為に使ってしまう」


「? いけない?」


「いけないとは言わないよ。君たちの善意で助かった人は大勢いる。ただ、君たちは善意を向けられるに値しない人も助けてしまうこともある……」


「たすけちゃいけないひとってこと? そんなひと、いないよ」


 首を傾げたアルプに、エルアミル王子は苦い笑みを浮かべた。


「自由な魔法猫。君たちは善意の塊だ。そして、世界もまた善意にあふれていると勘違いしている」


「いいひとばっかりだよ?」


「君が今まで出会ってきた人が偶然いい人だっただけだよ、アルプ君」


 エルアミル王子はさとすように言った。


「君はいつからここを見ていた? ストレーガと言う魔法使いが魔法猫について言ったことを聞いていたかな? その言葉を聞いて、どう思った?」


「う~ん、おかあさんに、いわれたんだ」


 アルプは一生懸命考えながら説明した。


「ぼくたちがたすけられないひとは、じぶんでしあわせになれるひとなんだって」


「自分で、幸せに?」


「うん。ぼくたちのまほうなんかなくても、じぶんのちからでしあわせになれるひと」


「じゃあ、ストレーガがそんな風に見えたかい?」


 アルプはもう一度考えて、言葉を紡ぐ。


「ストレーガさんはすごいまほうつかいなんでしょう? とうのまほうをかけたまほうつかいなんでしょう? ぼくなんかのちからがなくても、じぶんでしあわせになれるよ」


「……じゃあ、今のストレーガは幸せに見えたかい?」


「……なんか、ごきげんななめだった」


「そう。彼は魔法猫を憎んでいる。魔法猫に何をされたか知らないけど、自分と魔法猫を比べては文句を言う。そんな彼を、君は、どう思う?」


「すごいひとだとおもうんだけどなあ」


「……本当に、君たちは悪意で人を見ることがない」


「あくい?」


「初めて会う人は、みんないい人。そう思っているんだろう?」


「ちがうの?」


「ちがうの? か……。本当に純粋なんだな、君たちは」


 あれだけ魔法猫を敵視するストレーガですら、いい人と言い切れる魔法猫。


 エルアミル王子は苦笑するしかなかった。


 エルアミルも、これまでに何度か魔法猫と顔を合わせることはあった。ただ、アルプのような「自由な魔法猫」に会うことはなかった。


 ただ、うわさとして聞いていただけだ。


 人を助けずにはいられない魔法猫……。


 知人の侯爵の館に住んでいたのは、でっぷりと太った魔法猫だった。餌で吊られたのだと自分で言っていた。自由になりたいけれど今更無理だろう。純真な魔法猫しか自由な魔法猫になれないのだから、と。


 今、目の前にいるのは、ほんとうに純粋な魔法猫なのだとエルアミル王子は理解した。


 人間の悪意と無縁な所に生きてきて、人が困っていたら助けずにはいられない、そう言う存在なのだ。


「……アルプくんは、困っていたら、僕の願いも聞いてくれるのかな?」


 アルプの耳がピンっと立った。


「もちろんだよ! ぼくはこまってるひとをたすけるためにたびにでたんだから!」


「僕には大切な人がいる」


 エルアミル王子がそう切り出した。


「えっと……ジレフールってひと?」


「君は物覚えがいいね」


 エルアミル王子は頷いた。


「おうじょさまもおしえてくれた。おうじさまにはだれよりだいじなひとがいるって。だからけっこんはできないって」


 丸い目をした王子は、しかししばらく考えて一口ワインを飲んだ。


「そうだな。ジレフールのことが片付かない限りは王女との結婚もできないだろう」


「そんなたいへんなことなの?」


「ああ。ジレフールは病でね……」


「びょうき?」


「そう。ひどい病……呪いと言ってもいい。ストレーガの見立てでは、もう一ヶ月もてばいい方だとか」


「たいへんなんだ……」


「そう。助けてあげたいが……それには魔法の力がいる」


「まほう」


 繰り返すアルプに、エルアミル王子は頷きかけた。


「魔法の薬が必要なんだ」


「まほうのくすり?」


「そう。しかも、複雑すぎて、普通の魔法使いには作れない。ストレーガももちろんできない。魔法薬の天才と呼ばれる人だけが作れるけれど、それも材料が揃わなければ作れない」


「むずかしいんだ」


「うん、とても、とても難しい」


 エルアミル王子は難しい顔をして頷いた。


「ぼくがおくすりをつくってあげられたらいいのにね」


「うん、でも、魔法薬は魔法猫には作れないと聞いている」


「まほうやくは、にんげんのまほうつかいしかつくれないって、おかあさんにきいたことがある」


「そう。そして材料も問題だ」


 アルプは耳を真っ直ぐ立てて聞いていた。

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