第6話・おうじさまとおはなし
「そこにいる魔法猫くん、出てきなさい」
アルプはビクゥっと身を竦ませた。
エルアミル王子が見ているのは、間違いなく天窓……アルプがこっそり覗いている所だ。
自分の存在に気が付くなんて。
ちゃんと魔法をかけたのに。もしかして、自分の身隠しの魔法が復活していないから? ううんでもストレーガやリッター、ルイーツァリは気付かなかったじゃないか。
「魔法猫くん?」
見つかったんならしょうがない、覗き見してたことを謝らなきゃ。
アルプは天窓を開けるとふよふよと降りて行って、エルアミル王子の傍に行った。
「やっぱり昼間の猫くんか……何故マントまで外してただの猫の振りをしていたんだい?」
「フィーリアおうじょさまにたのまれて……ぼくがまほうねこってきづかれたらおうじょさまからひきはなされるから……」
「なるほど。確かにストレーガがヒステリーを起こしかねないしな……」
苦い顔で笑うエルアミル王子。
「君の名前は?」
「アルプ」
「で? フィーリアに頼まれて普通の猫の振りをしていたアルプくんが、一体何の用でここに来たんだい?」
「ええと……」
何て言えばいいんだろう。言葉って本当に難しい。
「おうじさまから、ぼくのきんのハートのにおいがするから、それで」
「金のハート……?」
エルアミル王子はアルプの金がかった青い目を覗き込んだ。
「君の瞳の色に関係してくるのかい? 魔法猫は皆金の瞳をしているというが、君の瞳は青に近い。それと何か関係があるのかな?」
「うん。ぼくのきんのハートは、よっかまえのよるに、このちかくでぼくからぬけていっちゃったの」
「四日前? ここの近く?」
うん、と頷くアルプに、王子も難しい顔をする。
「四日前とは……僕がここに来た日じゃないか……」
「おうじさまが?」
「ああ。それで、僕から君の力の匂いがする、というのかい?」
「うん……たぶん」
「多分とは、
「ごめんなさい……いまのぼく、ぼくのちからかどうかはっきりいえないんだ。たしかにおうじさまからきんのハートのにおいはするんだけど、ほんとうにそれがぼくのハートのにおいかどうかはわからない」
「そう……なのかい」
しゅん、とアルプの耳が伏せる。
「金のハートとは……なくしたり奪われたりするものかい?」
「ぼくもおかあさんにきいただけだから……でも、ほんとうになくなるなんておもってなかった……」
「そして、その力の匂い……気配とでもいうものが、僕から感じられるのかい?」
「うん……でも、はっきりとはいえないんだ。ぼくのきんのハートだって、いいきれない……」
「難しいんだね」
「うん、むずかしいんだ」
「僕が金のハートを持っていたら、どうするんだい?」
「かえしてほしい」
それだけは即答できた。
「ぼくはフィーリアおうじょさまもたすけたいし、エルアミルおうじさまもたすけたい。きんのハートがもどってきたら、たぶん、おうじょさまもおうじさまもたすけられるとおもうんだ。ぼく、おうじょさまだいすきだし、おうじさまもいいひとだなっておもう。だから、ふたりともたすけたい。そのためにはきんのハートがいるんだけど……」
「残念ながら僕は金のハートを持っていやしないよ、アルプくん」
「そう……なの?」
「少なくとも、僕が君の金のハートを手に入れたという自覚はない。僕には魔法の才能がないから、魔法の源となる金のハートがどんなものなのか理解できない。だから僕から金のハートの匂いがすると言われても、何処にあるのか、もし僕の内に本当にあったとしてもどうしてあるのか、どうやって手に入れたのか、さっぱり分からないんだ」
「わからない?」
「そう、分からない。本当に僕からその匂いがするのかい?」
「うん……ぼくにもよくわからないんだけど、ぼくにちかいにおいはする……だからあったことのないきょうだいとかかなともおもったんだけど、おうじさまからはまほうねこのにおいはしないね」
「ああ。ブールは魔法猫を持たない国だからね」
「まほうねこを? もたない?」
アルプは散々母猫に言われたことを思い出した。
(魔法猫は大切な人を助けるためにいるの。だからねアルプ、ごはんやマタタビなんかにつられて、偉い人のものになっちゃいけないの。偉い人は、自分以外の人を助けられるのが嫌いなんだから)
「ごはんやマタタビにつられたまほうねこ?」
「ああ、そうやって魔法猫を手に入れる王侯貴族はいるようだね」
エルアミル王子は酒に酔って少しばかり赤い顔で頷いた。
「そう言う魔法猫を何度か見たことはあるけれど、何処かみんなおかしかったな」
「おかし、かった?」
「うん。大体は太っているかマタタビでとろんとしてるんだ。ご飯でつられているか、マタタビで酔わされているのか……どちらにせよ、本人たちは気付いていないけれど幸せそうには見えなかったな」
「しあわせ、じゃない」
「覗いていたなら、僕の魔法使いの文句も聞いていただろう?」
「ストレーガ、さんだっけ? なんか、すっごくもんくいってた」
「そう。魔法猫がいるって言うのは、強大な魔力の庇護下にいるということだからね。君たち魔法猫は善意で魔法を使うけれど、その魔法は強すぎる。ストレーガが魔法を習得するのに五十年かかったって言ってたろう? 君はいつ頃魔法を使えるようになった?」
「う~んとぉ……マントがでてきたのは、うん、おかあさんがいってた。うまれてはんとしでマントをてにいれるなんて、なかなかいないわよって」
「才能ある人間が五十年かけてやっと手に入れる力を、君たちは生まれて半年で手に入れてしまう。そりゃあストレーガじゃなくたって腹が立つさ。そんな猫が自分の主人の傍にいて、自分以上に信頼されている……面白くはないだろう」
「よくわかんない」
「そうか、分からない、か……」
エルアミル王子はちょっと不思議な笑い方をした。三日経ったミルクを間違えて飲んだ時のような笑いだった。
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