第5話・おうじさまをさがしに

 新月の夜。


 アルプは大事なマントを羽織ると、フィーリア王女に行ってきますをして、夜空に飛んだ。


 空を飛ぶのは、魔法猫が最初に覚える魔法だ。


 空を飛べるようになった猫は、魔力が具現化したマントを手に入れる。


 そして瞳が完璧に金色になると、言葉を覚え、一人前の魔法猫になる。


 今のアルプは、マントはあるけれど目は金色じゃない。元々の生まれつきだった青色に金がかっている色。


 つまり、完璧な魔法猫じゃない。


 魔法を使う生物の中でも一番強くて色々な魔法が使えるのが魔法猫。だけど今のアルプがどれくらいの魔法を使えるかは分からない。


 だけど、アルプは、フィーリア王女の役に立ちたかった。


 外に出してあげられないのに、いるだけで嬉しいと喜んで金のハートを出してくれるフィーリア王女に、何かを返したかった。


 もっと笑ってもらいたかった。


 だから、暗い夜闇の中に黒い毛皮を紛れ込ませて、ふんふんと鼻を鳴らしながら、塔から城の周りを飛び回る。


 エルアミル王子はどこだろう。


 あの時の匂いに間違いがなかったのなら、自分の力の匂いを探していれば、王子は見つかるはずだ。


 ゆっくりと城の周りを飛び回る。


 匂いは……。


 あった。


 自分の力によく似た匂い……今の魔力じゃ自分の力の匂いを完璧に判別できないけど、その匂いを追って行けば、失った力かエルアミル王子がいるはずだ。


 真剣に匂いを嗅ぎながら少し降下した時、一瞬鼻先を掠めた。


(ぼくの……におい?)


 言い切れないけど。


 多分、それだと思う。


 アルプは真剣に魔法を使って、自分の姿を完全に消すと、ゆっくりとそちらに向かって降りて行った。


 光の漏れる窓に降りて行く。


 くんくん、と匂いをかいで、ちょっと違う、と感じた。


(ぼくのきんのハートとは、ちょっとちがう……)


 もしかしたら会ったことのない兄さん姉さんか弟妹かも知れない。エルアミル王子を幸せにしてあげたい兄弟猫がいるのかもしれない。


 そんな猫に会えれば、自分の力の行方を知っているかもしれない。


 そっと、部屋を覗き込んだ。


 二人の騎士と一人の老人。そしてエルアミル王子。


 騎士は兜を外してたし、老人もマントを脱いでいた。


「王子、本気でフィーリア王女は応じてくれると思っているのですか」


 騎士の問いかけに、エルアミル王子は頷いた。


「思っている……いや、頼れるのはフィーリア王女だけだと思っている」


「儂では力になれませんですか」


「残念だが……」


 魔法使いの老人はワインをグイッとあおると、だん! とグラスを置いた。


「ええい忌々いまいましい」


「ストレーガ……」


 たしなめるように声をかけられて、魔法使いストレーガは据わった目でエルアミル王子を見た。


「儂は五十年魔法の習得に費やし、そしてブール王家付きの魔法使いになった。なのに! 儂は相応しい仕事すら受けておらぬのですよ!」


「ストレーガ様、ワインが過ぎているのでは?」


 騎士の若い方に言われて、ストレーガはむすっとしたままグラスを騎士に突き出す。騎士は仕方ないという表情でワインを注いだ。


「フィーリア王女を閉じ込めるのに、レグニム王家付きの魔法使いとも力を合わせて、何重にも塔を縛った。しかし魔法猫ならそんなもの簡単に超えてしまう。あの! あのお人好しの猫どもが!」


「あの猫は魔法猫じゃない」


 聞き耳を立てていたアルプは、自分のことだ、と思った。


「確かに金がかってはいた。だけど、マントをしていなかったし、人の言葉も使わなかった」


「なりかけ、ですか」


 中年の方の騎士が微妙な表情で続ける。


「では、やはりフィーリア王女の傍においてはいけないのでは? 魔法猫として目覚めたならば、塔の魔法など容易たやすく解けてしまいます」


 エルアミル王子は深刻な顔で首を横に振った。


「塔に一人いる彼女には、あの猫はいいなぐさめになっている。金のハートもたくさん受け取っているだろうな。そんな彼女から引き離そうとすれば、それが魔法猫としての目覚めのきっかけになるかもしれない。そうすれば、あの猫は、王女を連れて何処まででも飛んでいくぞ」


「空飛ぶ魔法は人間の魔法使いには難しい。しかし魔法猫は当たり前のように飛ぶ。魔法が得意と自慢じまんしたげに!」


 ストレーガはまた怒声を吐き出した。


「とにかくストレーガ、君はもう寝なさい。ワインが過ぎている。飲み過ぎだよ」


「ふん、魔法猫が手に入れば儂など用済みと言わんばかりに……」


「君がいなければフィーリア王女の塔にかけた結界が解けてしまう。ワインの飲み過ぎてひっくり返って魔法が解けでもしたら、どうなると思う?」


「分かりましたぞ、この老骨を早く追い出したいということ……」


「リッター、ストレーガを部屋に」


「はい。ストレーガ様、お立ちになってください」


「ふん、魔法を使うのに長い修練をしてきて、この扱いではな……」


 リッターと呼ばれた若い騎士の肩に掴まって、ストレーガはぶつぶつ言いながら歩きだした。


 エルアミル王子と、中年の騎士が、部屋に残る。


「ルイーツァリ、君はどう思う?」


 中年騎士ルイーツァリは微妙な……少々コショウの効きすぎた肉料理を食べた時のような顔をした。


「フィーリア王女の下に魔法猫がいるのは、むしろ歓迎すべき事態なのだと思いますが」


「ああ。それだけ強大な力が彼女の手にあるということは、彼女は全てから守られるということだからな」


「暗殺者も人攫いも、未だ王女を狙っている……魔法の欠片でも使えるのなら、文字通り猫の手も借りたいほどですよ」


「フィーリア王女は気紛きまぐれだ」


 エルアミル王子はワインくさい息を吐いた。


「彼女の気が変われば、ジレフールの命など簡単に失われてしまう。それだけは何としても避けたい」


「そうですな……」


「とにかくこまめに彼女の御機嫌を伺いにいくしかないだろう。今のところはやる気らしいけど、あの王女は奔放ほんぽうだ。いつどんなきっかけでひっくり返すか分からない」


 君も寝たまえ、と言われ、ルイーツァリは部屋を出て行った。

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