第3話・とうにきたおうじさま

 アルプは、三日ほどを塔の中で過ごした。


 フィーリア王女が、自分がいる、ただそれだけのことにとても感謝してくれて、金のハートを出してくれていたからだ。


 普通なら、一旦魔法猫が手に入れた金のハートは魔法猫の力として蓄えられる。人を幸せにすると、魔法猫は強くなれる。より強い魔法でより幸せにできる。


 なのに。


 四日前、この塔の付近を飛んでいた時、不意に、金のハートが体から出て行ったのだ。


 アルプは、「じぶんがみじゅくものだからこういうことがおきたのかな」と思っている。


 もっとも、アルプは「みじゅくもの」の意味をあまりよく知らない。


 母猫が「お前は魔法猫としてはまだ未熟者なんだから」と繰り返し言ったから、何か失敗をやらかすと「じぶんがみじゅくものだからかな」と反省するのだ。未熟者の意味を知らない限り反省にはならないのだが、アルプはまだまだ幼いので、知らないことがたくさんあった。「みじゅくもの」もその一つ。魔法猫として母猫の元を離れ、修行と人助けの旅をして半年……まだまだ知らないことが多すぎて、その都度教えてくれた母猫も傍にいなくて。


「ぼくがみじゅくものだから、きんのハートがでていったのかなあ……」


 塔の窓の傍、あたたかな太陽が当たる藤の籠の中、アルプは丸くなりながら思う。


「ハートはなくしちゃだめっていわれてたのに……」


 ハートがなくなる、と言う話は聞いていても、自分の身に起きるとは思わなかった。


 だって、ハートは目に見えないものだから。


 人間に何かしてあげた時、暖かい何か……敢えて言うなら、流れ、か?……が魔法猫の中に流れ込んできて、力になる。


 その力をたくさん受け取った魔法猫の目は、金色になっていく。


 ハートの力で目の色が金になるから、魔法猫は自分たちが受け取るものを金のハート、と呼んでいる。


 その力がなくなって、今のアルプの両目は微かに金を帯びた青になってしまっている。それだけ金のハートがなくなったという証拠。


 フィーリア王女は、いてくれるだけで嬉しいと金のハートを惜しみなく与えてくれる。いつまでもいていいのよ、と言ってくれてる。


(これは、おれいをしないといけない、よね)


 目が少し金を帯びてきて、アルプはどうしようか考えていた。


(ぼくのなくしたきんのハートがあればなあ)


 これまでの旅で集めた金のハート。


(いまのぼくじゃ、おうじょさまをたすけられない)


 空を飛ぶのがやっとの力じゃ、人間の魔法使いが封じた塔を解放してフィーリア王女を外に出してあげられない。


(もうちょっとちからをためたら、きんのハートをさがしにいけるかなあ)


 金のハートはなくなったのであって、消えた、のではないから、多分何処かにあると思う。それを見つけて、元の金の瞳に戻れれば、フィーリア王女を助けられるのに、と。


 そこへ、ぱたぱたぱた、と軽い足音を立てて、フィーリア王女がアルプの所に来た。


「おうじょさま?」


「ごめんなさいアルプさん。大事なのは分かっていますけど、そのマント、しばらく外して籠の絹の中に隠すことは出来ないかしら」


「え? うん。いいけど」


 アルプは両前脚で羽織っていたマントを外して、籠に敷かれていた絹の下に大事に折って隠して、そのまま丸くなった。


「ごめんなさい、普通の猫の振りをして頂けます?」


「いいよ。どうして?」


「後で説明しますから」


 アルプの耳に、聞き慣れない音が飛び込んできた。


 足音だ。


 フィーリア王女以外の足音。それが複数。


 ピンっとアルプの耳が立った。


 フィーリア王女は籠のすぐ傍の豪奢な椅子に座り、そっとアルプの毛並みに指先を滑らせながら、黙って待っていた。


 がちゃん、と重い金属の音。


 そして、食事を持ってきたり掃除をしたりする召使が通る小さな扉じゃなく、魔法の鎖と鍵で閉ざされている大扉が開いた。


 アルプは寝たふりをしながらも、薄目を開けてそちらを見ていた。


 大きな扉が初めて開き、二人の騎士と一人の老人を従えた若い男が入ってきた。


「エルアミル様、お久しぶりですわね」


「やあ、フィーリア」


 親し気に言う彼の、しかしその表情は暗い。


「下がってくれ」


 続いて入ってきた騎士二人と老人に、エルアミル王子は命じる。


「しかし殿下」


「ここは、私とフィーリアの二人きりにしてほしい」


「しかし」


「頼む」


 老人は溜め息をついて、騎士に合図した。


 騎士と老人が出て、扉が閉められた途端に魔法の鍵がぐるんぐるんと巻き付き、がちゃん、と音がした。


(あのおじいちゃんが、おうじょさまをとじこめているまほうつかいなんだな)


「フィーリア、元気そうだね」


「おかげさまで」


 溜め息交じりにフィーリア王女は答える。


 いつの間に現れていたのか、エルアミル王子が座る用の椅子があって、エルアミル王子はそれに座った。


「猫を飼い始めたんだって?」


 開口一番、王子の言葉に、アルプは慌てて寝たふりを続行した。


「ええ。可愛いでしょう?」


「魔法猫かい?」


「違いますわ。ほらアルプ、起きて」


 アルプは普通の猫のように、くあ、と欠伸をして、うーんと伸びをしてから、顔を洗って、エルアミル王子を見た。


 金を帯びた青い瞳が、見えているはずだ。


「魔法猫、候補?」


「かも知れないけれど、魔法のあるなしは関係ないの。この塔で一人きり閉じ込められているわたくしには、お友達が必要だったのですわ」


 フィーリア王女はアルプを抱き上げて膝の上に乗せて、そっと背中を撫でた。


「君がここにいるのは……」


「ええ、分かっていますわ。それがエルアミル様のお望みと言うことも。ですけど、条件が合いませんもの。仕方ありませんわ」


「フィーリア……」


「わたくしは利用されることは気に入りませんの。脅されようと泣かれようと、対等の取引でなければ受けられませんわ」


 フィーリア王女は気高くそう宣言した。

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