第2話・とうのなかのおうじょさま
朝ご飯の後、フィーリア王女はアルプを膝にのせて、黒いつやつやとした毛並みをブラッシングしてくれた。
アルプは喉をゴロゴロ言わせながらブラッシングを受けていたが、頭の片隅に疑問があった。
フィーリア王女はこの国の第二王女……と名乗った。
なのに、ここには、誰も来ない。
王女が言った通り、豪華なベッドの
王女の寝室であれば、召使がいるはずだ。
アルプは王族の暮らしを知っているわけではなかったけど、ある程度以上身分の高い人たちと会ったことはあって、そう言う人たちは大体召使をつけていた。身の回りの世話をする人……それが、この部屋にはいない。
「アルプさん、どうかなさいまして?」
急に喉のゴロゴロがなくなったのに気付いてか、フィーリア王女が聞いてくる。
「ごめんなさい」
「どうしてお謝りになるの?」
ピンと立っていた尻尾が垂れたのに気付いて、フィーリア王女は藤の籠にアルプを戻すと、アルプに視線を合わせて聞いてきた。
「にんげんって、さわられたくなるところ、あるよね。おうじょさまも、さわられたくないところ、あるよね」
「それは聞いてみないと分かりませんわ。わたくしに聞きたいことがあるのですね。構いませんよ。……もっとも、わたくしには想像がついていますけれど」
「そうぞう……?」
「そう。何故、この国の第二王女が、召使もなくこんな部屋にいるのか、とか」
アルプの目がまん丸になった。
「すごいね。ぼくのいいたいこと、わかったんだ。まほうだよ。すごいまほう」
「あらあら、魔法猫さんに
フィーリア王女は楽しそうにくすくす笑って、それからそっとアルプの
今度は反射的にゴロゴロ言い出すアルプに笑って、フィーリア王女は柔らかい口調で話し出した。
「ここはレグニム国王都の中心、カステール城……の、離れにある塔ですわ」
「とう? おうじょさまが、なんで、とうにいるの?」
「わたくしが逃げ出したりなどできないようにですわ」
「にげだす?」
「そうですわね……何処から話したものかしら。わたくしが塔に閉じ込められているのには、それなりの理由がありますの」
「とじこめるって……だれが?」
「ファシアス三世国王陛下……わたくしの父上ですわ」
「なんで? なんで、おうさまが、おうじょさまをとじこめるの?」
クエスチョンマークがたくさん出た顔で聞くアルプに、フィーリア王女はクスッと笑った。
「表向きは、
アルプは一生懸命聞いていたが、疑問が口に出た。
「なんで、おうさまは、フィーリアおうじょさまがにげるとこまるの?」
「わたくしには婚約者がいますの」
「こんやくしゃ……けっこんをやくそくしたひとだね」
「ええ。お隣のブール国の第四王子、エルアミル様ですわ」
もちろんアルプはそんな偉い人は知らない。魔法猫の中には報酬目当てに高貴な人ばかり助ける猫もいるけれど、アルプの母親はそれを下品だと言っていた。
(間違っても魔法で食事やマタタビを手に入れようとしちゃダメ。感謝の心が魔法猫が一番誇れる魔法の力なんだから)
「えと……エルアミルおうじさまが、こんやくしゃで、なにかわるいことがあるの?」
「アルプさんは
フィーリア王女は今度はアルプの頭を撫でながら続けた。
「エルアミル王子には、既に心に決めた方がいらっしゃるの。その方の為なら何でもする、と言い切れるほどに大切な」
「それじゃあ……おうじさまもそのひとも、フィーリアおうじょさまもしあわせにはなれないね」
「ええ。ですからわたくし、お断りしようと思ったの。父上にそう申し入れて……でも、父上は認めなかった。ブール国は強い国。その国と血縁を結べば、レグニムは
重い溜め息をついて、フィーリア王女はアルプに向かって苦笑した。
「おうじょさま……」
「ですから、アルプさんが来てくれた時、とても嬉しかったんですの。魔法猫さんが来てくれたって……」
「でも……」
アルプの耳がぺたんと頭に張り付いた。
「いまのぼくは、おうじょさまをたすけること、できない」
「あら。もう既に、とても助けてもらっているのに?」
「え?」
フィーリア王女は
「この塔に入れられて早半年……塔からは一歩も出ていませんわ。友達はおろか、お喋りしてくれる相手もない……わたくし、とても、とても、辛かったですわ」
だから、と王女は続ける。
「アルプさんとこうしてお話ができること、とても、とても嬉しくてよ。それだけで感謝していますの。分かります?」
分かる。
だって、フィーリア王女から金色のハートが飛び出して、アルプに注がれているから。
魔法猫の力の源、感謝の想いが出ていているから……。
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