チートな魔法猫の人助け・おうじょさまとおうじさま

新矢識仁

第1話・まほうねこ

 ぼくはアルプ。


 ぼくはまほうねこのアルプ。


 まほうねこは、まほうがつかえるねこなんだよ。


 まほうねこは、ひとをたすけるのがおしごと。


 ひとをたすけたときにでてくる、うれしいって、ありがとうっていうきんのハート。それが、ぼくたちをまほうねこにするんだ。


 そのこころをなくしたら、ぼくたちはただのねこになっちゃう。


 だからね、たすけてほしかったらよんでね、ぼくたちを。


 ぼくたちまほうねこが、すぐたすけにいくからね。



     ◇     ◇     ◇



 ふわふわと、夜の闇に紛れて何かが飛んでいる。


 辛うじて浮いている、と言ってもいい。


 すぅっと斜め横に落下して行って、何とかまた少し浮く。


 それを見つけたのは、城の塔で闇を見つめていたフィーリア王女だった。


 青い瞳が、闇の中の黒い影を捕える。


「おいで!」


 フィーリア王女は叫んだ。


「こっちよ! おいで!」


 黒い影が、その声に気付いたのか、ゆっくりとフィーリア王女が顔を出す塔に向かってきた。


「おいで……大丈夫、おいで……」


 黒い影がフィーリア王女の腕の中に降りてきた。


 それは、黒い猫。


 黒いマントを羽織った、カギしっぽの黒い猫だった。


「魔法猫さん……来てくれたの……わたくしの所に……」


「にゃう……」


 魔法猫は力なく鳴いた。


 ひどく衰弱すいじゃくしているのが一目でわかる。


 フィーリア王女は慌てて藤のかごに絹を敷いてそこに猫を寝かせると、大急ぎで塔を降りて行った。



 藤の籠に朝日が差し込んで、その眩しさに魔法猫は目を開けた。


 黒目がちだった瞳孔どうこうが一気に細くなる。


「ふ……にゃ……?」


 魔法猫は力なく起き上がって、辺りを見回す。


「お目覚めですか? 魔法猫さん」


「にゃ……」


 フィーリア王女はにっこり微笑んで、籠の傍に、柔らかく煮込まれた肉と、白いパン、皿に入れられたミルクを出した。


「うにゃあ……」


「大丈夫ですわ。毒なんて入っていませんから」


「にゃ……」


 黒猫はそっと皿のミルクを口につけて、ぴちゃぴちゃ、とめる。


 そのスピードがどんどん速くなっていって、ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃと勢いよく飲み出す。羽織っているマントが汚れるのも構わずに。


「ああ、よかった。こちらのお肉も食べられます? パンは?」


「うにゃにゃにゃにゃ!」


 パンも肉も全部食べ終えて、ふぅ、と猫は前脚で顔を洗った。


「大丈夫ですか?」


「だいじょうぶ」


 今度は、人間の言葉に聞こえた。


「ありがとう、おねえさん。ぼくをたすけてくれたんだね」


「あら、逆ね」


 フィーリア王女はくすくすと笑う。


「普通、魔法猫さんが助けて下さるものでしょう?」


 耳を伏せた魔法猫に気付いたのか、王女は胸に手を当てて言った。


「わたくしはフィーリア。このレグニム国の第二王女ですわ」


「ぼくはアルプ。まほうねこのアルプ」


「アルプさん。素敵なお名前ですのね」


「フィーリアおうじょさまも、すてきなひびきのおなまえだね」


「ありがとうございます、アルプさん」


 アルプもフィーリア王女も、くすくすと笑い合った。


 しばらく笑った後、フィーリア王女は真剣な顔をした。


「それで……お聞きしたいことがあるのですけれど。アルプさんはひどく弱っているようにお見受けしました。何がございましたの?」


「あの……ごめんなさい」


「ごめんなさいって?」


「いまのぼく、まほうのちから、あんまりないんだ」


「え?」


 耳をぺたりと寝かせて、アルプは語り出した。


「ぼくたちまほうねこは、きんのハートをあつめてるって、しってる?」


「ええ、もちろんですわ。困った人を助ける魔法猫。そのお礼は感謝の心……黄金のハート。それ以外に何も求めない、優しい優しい魔法猫」


「でも、ぼくはもうすぐまほうねこじゃなくなっちゃうかもしれない」


「一体……どうして……」


「きんのハート……ぼくのもってるハートが、なくなっちゃったんだ」


 アルプの微かに金の混ざった青い目に、ジワリと涙が浮かぶ。


「ハートとは、心……想いのことでしょう? それがなくなるって……」


「そうだね、きんのハートのことをしらないもんね」


 アルプはぐしっと右前脚で顔を拭った。


「きんのハートはかんしゃのこころ。それがまほうのちからになるんだ。だけど、きのうのよるだったかな、とつぜんきんのハートがぼくのなかからきえちゃったんだ。ぼくのまほうのちから、なくなっちゃって。このままじゃぼく、まほうねこじゃなくなっちゃう……」


 ぐしんぐしんと右前脚で顔をごしごしやっているアルプに、フィーリア王女はそっとその頭をでた。


「にゃ……?」


「大丈夫ですわ。だって、ここに困っている人がいますもの」


「にゃあ?」


「わたくしは困っています。とても、とても」


 フィーリア王女はアルプの右前脚をそっと押し頂いて、言った。


「でも、ぼくはまほうのちからがあんまりなくて……」


「貴方が来て下さっただけで、わたくしが嬉しいこと、伝わりますか?」


「にゃう……」


 しばらく俯いていたアルプは、はっと顔をあげた。


「にゃうっ」


「分かっていただけまして? 貴方が来て下さっただけで、わたくし、とても、とても感謝しておりますのよ」


「きんのハート……ほんとだ、フィーリアおうじょさまから、でてきてる……」


「ね? 貴方がいて下さるだけでわたくしは幸せ。しばらくこちらにおいでなさいな。この部屋には誰も来ることはないのですから」

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