第29話・めいあん
「フィーリアっ」
「おうじょさま!」
聞こえてきた声に、たまらずエルアミル王子は扉を押し開けた。アルプが開いた隙間からするりと入る。
「あら、おはようございます」
美しい瞳の下に
「薬は……できたのか?」
「ええ、できました」
チラリと鍋の中、金色の薬を見下ろして、フィーリア王女は言った。
「ただ」
「ただ?」
「この鍋の中身を全部飲み干してもらわねばジレフール姫のお体は強くならない。ですが、今のジレフール姫はこの鍋を飲み干す力はないでしょう。毎日、少しずつ、摂取していただかないと」
「そうか……」
エルアミルは渋い顔をした。
「もうここにおうじさまとおうじょさまがいるの、おうじょさまのおとうさんはしってるよ。ストレーガさんがいったから。ヴィエーディアさんはしばらくはだいじょうぶっていってたけど」
「そうか……幻の薬師フィーリア王女のことを知れば、父上はきっと王女を取り込みにかかるだろうな……」
「念のため言っておきますが」
フィーリアは行儀悪く
「わたくしはどこの国にも雇われるつもりはありません」
「もちろん、わかっている」
エルアミル王子は即答した。
「僕も王鷲のブローチを捨てた。それは王位継承権を放棄したことを意味する。例え一時的に身を隠すだけだったとしてもだ。ジレフールが健康な体になれば、それだけを望んできた」
「ジレフール姫は何を望んでいるのでしょう?」
「自由を」
エルアミル王子は苦い顔で言った。
「好きな場所へ行ける体を。好きな場所へ行ける立場を」
「じゃあジレフールさんもここからでたいの?」
「ああ。妹は生まれた時からここに閉じ込められていたんだよ……。物心ついた時からここを出たい、外を走りたい、ここに閉じ込められて意地悪な兄姉たちに嫌味と言われるのはもう嫌だと。僕は、それをかなえてやりたかった……」
「おうじさまののぞみは、それ?」
「ああ」
「おうじさまはジレフールおうじょさまがじゆうになったら、どうするの?」
「どうしようかな」
まだ少し悪い顔色で、エルアミル王子は笑った。
「ジレフールと一緒にこの国を出るのも悪くないかもしれない」
「まだしばらくは無理でしてよ」
フィーリア王女が
「体が薬に馴染むまでは、ベッドから起き上がれませんわよ」
「わかっている。あれだけ弱っている体が急に動けるようになるとは思っていないよ」
「一ヶ月……ゆっくり薬を飲ませながら養生させないと」
「しかし、一ヶ月もあれば父上がここに来るだろう。フィーリア王女を何とかブール国に留まらせようとするのが目に見える」
「ですが、その時の体調に合わせて薬を調合しなければ、ジレフール王女の体には……」
言いかけたフィーリア王女は、うーんと首を傾げているアルプに目を止めた。
「アルプさん?」
「あ。ごめん。かんがえごとしてた」
「何を考えていらっしゃったの?」
「えーと……おもったんだけど……」
アルプは、思いついたことをたどたどしく話した。
自分の魔法力やヴィエーディアの魔法道具があれば、たぶんできると。
「……そんな、ことが」
「ヴィエーディアさんがてつだってくれれば、できるとおもう」
フィーリア王女とエルアミル王子は絶句し、顔を見合わせて……。
「そんなこと、考えもしませんでしたわ……」
「確かに、それは一番確実に、どこへでも逃げられるかもしれない」
「ディア! ヴィエーディア!」
フィーリア王女が声を上げると、床に魔法陣が浮かんで、次の瞬間その中にヴィエーディアが立っていた。
「どうしましたかィ姫様」
王女がアルプの提案を説明すると、まずヴィエーディアは目を丸くして、口をぽかんと空けて、うつむき、肩を震わせた。
「く……くく……」
「ヴィエーディアさん?」
「くあーっはははははは!」
ヴィエーディア、大笑い。
「ヴィ、ヴィエーディアさん?」
ひーひーとひざをついて、ヴィエーディアは笑いこけた。
「御猫様、御猫、ああ、ああ、魔法猫」
笑いすぎて目尻に涙が浮いている。
「すごいよ魔法猫! 思いつくことがカッ飛んでる! こんなこと、このあたしですら考えもしなかった!」
「できそうかしら?」
フィーリアの真剣な声に、ヴィエーディアは涙を流しながらも立ち上がって、一息ついて、考えだした。
「できなくもない」
ヴィエーディアはそう断言した。
「あたしと御猫様で……装置を作って……ああ、いける。動力は感謝の心、移動する全員が感謝するんだから。ああ。こんな楽しィ、こんなわくわくすることはないヨ!」
「準備にどれくらいかかるかしら」
「まあ……大急ぎで……三日だネ」
「やってくださる?」
「やりましょう」
ヴィエーディアはどん、と、胸をたたいた。
「こんな荒唐無稽な魔法、「変人」ヴィエーディアがやらなくて誰がやるんですかィ! やってやりますよ、が、その前に」
ヴィエーディアはエルアミル王子に視線を移した。
「ここから召使や療法師を全員追い出さなきゃいけませんナ」
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