第28話・やくそく
翌朝。
欠伸して目を覚ましたアルプは、見ていたそれが夢じゃないことを知っていた。
自分が正体を明かして逃げ出せば、絶対に国王やストレーガはこっちを捜しに来る。王女が自由になりたいと望んでも追いかけてくるとわかっていた。
だから、見えない目を置いてきた。
髭を一本、魔法力を隠して、国王の襟首に残してきた。
それが当たりだったとアルプは思って、前足で顔を洗い、ぴょんと籠を飛び降りる。
「ヴィエーディアさん?」
「おや、御猫様。お目覚めかィ?」
あまり寝ていなさそうな顔で、ヴィエーディアが挨拶をする。
「おはよう、ヴィエーディアさん。ちょうどよかった」
「んん?」
「たぶん、きょうじゅうに、おいかけてくるひと、くるよ」
「本当かィ?」
「うん。ストレーガさんが、ぼくたちはここにいる、かのうせい? がたかいっていってた。おうさまもそれをきいてた」
「そうか、目を置いてきてくれたのかィ」
ヴィエーディアは頷くと、アルプと一緒に調合室を覗いた。
フィーリア王女は鍋の前で、ゆっくりと動いていた。
火にかけた鍋の中身を、一定の速さでかき混ぜているのだ。
「おくすりはいつごろできるの?」
小声で聞いたアルプに、ヴィエーディアも小声で答える。
「わからない。魔法薬の調合ってのは少し間違っただけでも全然別の薬ができたりするし、決まった時間かき混ぜたりしないと効果が出ないのもあるし。姫様に任せるしかないねェ」
「でも」
「何か問題でもあるのかィ?」
「ストレーガさんはちゃんとここをいってた。おうじょさまのおとうさん……こくおうさまはすぐにくるよ」
「安心しな、それはない」
そっとドアを閉めて、ヴィエーディアは床に膝をついてアルプに顔を近づけた。
「ここはレグニムじゃない。ブールだ。御猫様の話を聞く限り、今のところ、ストレーガの
「でも、それをおうじょさまはのぞんでない」
「ああそうサ。あたしは姫様の望みをかなえるために全力を尽くす。でも、御猫様が付き合う必要はないヨ。自由な魔法猫は自由でいいんだから」
「ぼくはおうじょさまがしあわせになってほしいから」
尻尾を立てて、アルプは言った。
「おうじょさまがしあわせになるまで、いるよ。やくそく」
「そうかィ」
ヴィエーディアは微笑んで、アルプの頭をなでた。
「あたしとおんなじかィ。そうなんだねェ」
その顔には笑み。
「ヴィエーディアさんにもしあわせになってほしいんだよ」
「あたしもかィ。本当に魔法猫は欲張りだねェ」
「よくばり?」
「いやいや大した意味はないヨ。魔法猫は目の届く気に入った人間すべてに幸せになってほしいんだろう?」
「うん」
「普通の人間はそんな風に考えない。自分の気に入った一人が幸せになれればいいと思ってる。二匹の魔法猫を追いかけても一匹も得られないってことわざは聞いたことあるかィ? 人間は欲張ると一つも得られないから何かを諦める。でも魔法猫は全部を得るんだねェと思ってサ」
「なにか、わるかった?」
「悪かないヨ。むしろ、お気に入りの一人に入れられててうれしいヨ、あたしも」
ヴィエーディアはこれまでに見たこともない優しい表情でアルプの喉をカリカリしてやった。
「あたしにそんなことを言ってくれるのは、姫様だけだった。変人で若いあたしは見下されるかそっぽ向かれるかで……でも姫様はあたしを受け入れて下すった。誰からも見られていなかったあたしをね……。だからあたしは姫様に魔法を捧げたんだ。それしかあたしが姫様に渡せる唯一のものだたから。見捨てられても構わないと思って。なのに姫様はあたしが捕らえられたのを知って戻ってきて下すった……」
「うん。ヴィエーディアさんはぜったいにおうじょさまのそばにいるってこくおうさまもいってた」
「そう。だからあたしは、全身全霊を姫様に捧げることにしたんだ。姫様がやりたいことならば、あたしは命と引き換えにしても叶えて差し上げたい」
「ヴィエーディアさんもまほうねこなんだね」
「へ?」
「しあわせになってもらいたいんでしょう?」
「そうだね……そうだ……」
ヴィエーディアはアルプの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ありがとうネ御猫様。……一緒に姫様を幸せにしようナ」
「うん。やくそく、だね」
それでも心配だから、辺りに感知結界を張ってくるとヴィエーディアは出ていき、アルプは調合室の扉の前に座って律義に待っていた。
「う……」
うめき声と壁に手をついて歩いてくる音。
アルプはすぐその正体に気付いた。
「エルアミルおうじさま」
「アルプ、くん……?」
「かおいろわるいよ、だいじょうぶ?」
「ああ……さっき目が覚めたところだから……」
顔色が青いというより黄色っぽい。
「もう二度と目が明かないかと思った……」
「あ、もうぼくのきんのハートのにおい、しない」
「よかった……もう一度あれを飲めと言われたら、胃袋がひっくり返る……」
「ちょっとたいりょくかいふくするね」
アルプは前足をエルアミル王子の足に当てて、ちょっと集中した。
削り取られた体力が少し戻ってくる。
「ああ、ありがとう、すまない、少し楽になった……」
「どういたしまして」
ほう、とエルアミル王子が息をついた次の瞬間。
「完成ですわね」
扉の向こうから、フィーリア王女の声が聞こえた。
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