第27話・ごうりゅう

 アルプが一同の下に合流したのは、その夜だった、


「おうじょさま!」


「アルプさん、ようこそ……といってもわたくしの家じゃありませんけど」


 すたっと机の上に着地したアルプ。


「遠回りでいらっしゃると伺っていましたけれど、どの辺りを?」


「みなみのはてまでまわってきた」


「南の果てって……まさかスール半島?」


「うん、にんげんはスールっていってるところ」


「相当な大回りですわね」


「ぼくのしっぱいでおうじょさまにめいわくかけたくなかったから」


「いいえ、いいえ。アルプさんはわたくしを自由にしてくださったのですわ」


 フィーリア王女の感謝の心を、アルプは存分に受け止める。


(うれしい! うれしい! うれしい!)


 アルプは笑顔で思った。


(やっぱりおうじょさまのかんしゃのこころはすごい! ううん、それより、すごくわらってくれるのがうれしい!)


 くつくつと煮えている鍋を見て、アルプはそこから自分の魔法力を感じた。


「おうじさまからハートをとれたの?」


「ええ。ちょっと副作用が出ましたけれど、明日の朝には目が覚めていますわ」


「ふぅん?」


 魔法薬のことを知らないアルプは首を傾げるしかない。


「で、あっちでねてるのがジレフールさん?」


「ええ。ご覧になられたの? ……どう思いました?」


「……いのちのちからがない、わけじゃない」


 アルプは首をひねりながら言葉を紡いだ。


「ただ、からだがよわいんだ。げんきとか、そういうのをからだのなかにいれておけないんだ」


「同じ見立てですわね」


 フィーリア王女が頷いた。


「そこにあるきんのハートでなんとかなりそう? たりなかったら」


「それは大丈夫ですわ。安心なさって、そしてわたくしを信頼してくださいまし」


「うん。ぼくもおうじょさまをしんらいしてる」


 フィーリア王女はにっこり微笑むと、再び火にかかった鍋に向かった。


「アルプさんはお休みになって。スール半島まで回ったらお疲れでしょう」


「うん……」


 くあ、とアルプは大きくあくびして、マントの奥から何か大きなものを引っ張り出した。


 塔でアルプが収まっていた藤のかごだ。


「持ってきたのですか? わざわざ?」


「だって、これがいちばんねごこちがよかったから」


 敷かれた布を前足で整えながらアルプは言う。


「おうじょさまになってるあいだ、ここでねられなかったからさびしかった」


「そこまで気に入ってくださったの?」


「だって……おうじょさまが……おもい……こめて……くれた……もの……だか……」


 すぅ、とアルプは夢の世界へ行ってしまった。


 フィーリア王女はその籠をそっと持ち上げると、薬物の匂いが漂う調合室から、自分に割り当てられた寝室へと運んだ。


 魔法を使えるとはいえ猫が人間のふりをするのは大変だったろう。しかも魔法で常に監視されていたという。監視されながら相手を監視し返して、それを相手に気付かせない。


 考えるだけでも疲れそうだ。アルプは相当苦労しただろう。籠の中でそのまま眠ってしまったのも、多分疲労だろう。


 夢の世界へ行ってしまったアルプを、フィーリア王女はそっと撫でた。


 無意識にだろうか、アルプはごろごろとのどを鳴らす。


「アルプさん……わたくしは、アルプさんから好機チャンス機会タイミング をいただいたのですよ……」


 すぅすぅと眠ってしまったアルプに微笑みかけてから、再びフィーリア王女は鍋の前に戻った。



     ◇     ◇     ◇



「姫君が、消えられたのですと……?」


「うむ」


 レグニム国ファシアス王直接の呼びつけに慌ててやってきたストレーガは、フィーリア王女の失踪を告げられて顔色をなくした。


 ストレーガの母国ブールがレグニムと手を組みたがっているのは、フィーリア王女の存在ゆえだ。その魔法薬が背後にあれば、ブールはますます繁栄するだろうと。


 しかし、その王女が消えた。


「一体、どうやって……あの塔はレグニムとブールが共同で作った魔法封じの塔。人間が自由に出入りできない、ましてや魔法使いでもない姫君が如何にして脱出されたのか……」


「魔法猫だ」


 ストレーガは自分の耳を疑った。


「魔法猫が……何を」


「いつの間にやら姫と魔法猫は入れ替わっていたのだ!」


 今度こそ、ストレーガは言葉を失った。


 あの、金がかった青い目の黒猫。


「あの猫は……魔法猫のなりかけではなく、真実魔法猫……?」


「他に考えられぬ!」


 あの……魔法猫め。


 ただの猫の振りをして、今の今まで、我々を、国を代表する我々を、たばかっていたと?


 忌々しい猫めが!


「で、では、わたくしめがここに呼ばれた理由は……」


「姫がそれなりに乗り気であったのはエルアミル王子の依頼だった。その帰国と前後して姫は姿を消した……心当たりはないか」


 心当たりがある、とは言えない。


 ワインの飲みすぎでひっくり返って部屋で寝ていたと知られれば、現在の地位を失うばかりか、宮廷魔法使いの立場さえ失ってしまう。


「ついでに言えば、王子の帰国の日、導師が王子と共に塔へ行って、猫を追い出したとも聞いている……。一体何があったか」


 ストレーガの顔が真っ青になった。


 答えない……答えられない。


 多分、その時のストレーガの正体はヴィエーディア。


 おそらくはワインの中に何か仕込まれていたのだ。そうでなければ、いくら飲みすぎたといえ、丸一日ひっくり返るような醜態しゅうたいをさらすわけがない。


 顔を上げず、ストレーガはぎりぎりと歯噛みする。


 王子の行方……王女、ヴィエーディア、魔法猫。


 多分、全員同じ場所にいる。


 だが、その行方を追う方法がない。


 ……いや、待て。


 もしフィーリア王女が消えたのなら、真っ先に必要とされる場所へ行くとしたら、それは。


 エルアミル王子と同じ両親から生まれた妹姫、ジレフール王女。


 そうだ、なぜ今まで考えなかったのか。ジレフールを治すために王子がレグニムに来たのに、あれだけ必死に実の妹を助けようとしていたのに、諦めて帰るなどあるだろうか?


「……現在の皆々様の居場所に心当たりはございます」


 ストレーガは自分を抑えた声で言った。


「それは……」

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