第30話・けいかくかいし

 エルアミル王子は、屋敷仕えの召使と療法師、執事を呼び出し。


 全員にこの屋敷を去ってもらう旨を伝えた。


 若い者たちは喜んで出て行った。ジレフールの王位継承権はかなり後ろで、エルアミルもそんなに上ではない。王位継承者に仕えていたという経歴と、主の都合で辞めてもらったという証明があれば、どこの家系でも雇ってもらえるだろう。


 療法師はしばらくぶつくさ言っていたが、結局より稼げる場所に行けると長い間診てきたジレフールを捨てて去っていった。


 しかし、年配の執事や乳母兼召使頭は泣いて縋った。この年で、今更他に雇ってもらえるところもないと。エルアミルは自分が王位継承権を放棄したことを伝えた。ジレフールもいずれそうなるだろうと。王位継承権のない自分たちに仕えても意味はないと、繰り返し伝えたが。


「姫様がお生まれになった時から我々は姫様にお仕えしてきました! 王位継承権など関係ないのです! 我々は……姫様が……心配で……」


 それを、アルプとヴィエーディアは物陰から見ていた。


「どう思う?」


「うそついてるにおいはないよ」


 嘘をついているときの匂いを塔でたくさん嗅いできたアルプは、それは見分けられるようになった。


「ブールの目はあるかィ?」


「いまのところは、ない」


 王位継承権の低い、病弱な姫にそうそう力は使わないということか。


 ヴィエーディアが一番心配していたのは、執事と召使頭が国の中心部の目ではないか、ということだったが、アルプの魔法力でもその気配は感じ取れないということだった。


 だから、ヴィエーディアが聞いた。王位継承権もないエルアミル・ジレフール兄妹に付き従って、何が得られるかと。


 二人は答えた。


「王子と姫の幸せな顔を見たいのです。幼い頃からベッドから離れられないジレフール姫と心配して何度も顔を出すエルアミル王子を。お二人が幸せな顔をするのを私たちは見たいのです……!」


 今からやることを絶対に国に伝えたりしないという呪縛をかけて、それからヴィエーディアとアルプは大仕事を始めた。



「兄さま……?」


 翌日、一日に数滴ずつ飲んでいる薬が効いてきたのか、少し己を取り戻したジレフールは、枕元にいる兄に声をかけた。


「なんだい?」


「ブローチ……どうしたの……?」


 ブール王位継承権所有の証である王鷲のブローチ。常に胸につけておくことを義務付けられているブローチがないのに、自分も王儂のブローチをつけているジレフール王女は気付いたのだ。


「捨てた」


 すっきりとした笑顔でエルアミル王子は言った。


「ジレフールはどうだい? 女王になりたいかい?」


「ううん」


 ジレフールは小さく首を振った。


「わたしは、お外を歩けるようになりたい。おともだちがほしい」


「させてくれるって言っていたよ、薬師様が」


「ほんとう?」


「ああ。一緒に外に出て、一緒に旅をしよう。太陽の昇る山や、沈む海。たくさん、たくさん見て回ろう」


「じゃあ、わたしも、これ、いらない」


 ジレフールは胸のブローチに手をやった。ブローチをつけ外しできるのは所有者のみ。震える手で外そうとするが、それだけの力がない。


「まだいいよ」


 必死で外そうとするジレフールに、エルアミルは手を重ねることで止めてやった。


「だけど、これがあると、どこまで行っても父さまが追いかけてくるでしょう?」


 不安そうな瞳がエルアミルを見上げる。


「大丈夫。今、ここには素晴らしい薬師と素晴らしい魔法使いがいるから」


「薬師様も……魔法使い様も……わたしなんかにいてくれるはずが……」


「大丈夫だ」


 妹の筋張った手を優しく握りしめ、エルアミルは微笑んだ。


「だから、お前は、安心して寝てなさい。もうすぐ、お前があっと驚くことがあるからね……」


 兄の言葉を聞いて、うれしそうな顔をしながら、ゆっくりと妹は眠りに落ちて行った。



 妹が完全に眠りに落ちたことを確認して、エルアミルはそっと部屋を出た。


 ジレフール王女の部屋は、魔法で結界にくるまれている。


 それ以外の場所は……。


 どんがんどんがん、かんかんきんきん、どーんどん、と騒音がすごかった。


 思わず反射的に耳を塞いだエルアミル王子に、やってきたアルプが魔法をかけた。塞いだ耳の隙間から聞こえてくる騒音がだいぶ静まったのを知って、王子は手を外す。


「だいじょうぶ?」


「ああ、ありがとう。だけど僕に魔法力を使って大丈夫なのかい?」


「うん。ヴィエーディアさんが、ぼくのまほうりょくのながれをととのえるどうぐをつくってる。だいじょうぶなのかな、ヴィエーディアさん、ぜんぜんきゅうけいしてないよ」


「彼女は夢中になると周りが見えなくなるようだから……」


「すごいねえ、ヴィエーディアさん」


「アルプ君だってすごいじゃないか」


「ぼく?」


「この計画は君の魔法力次第だろう? 僕は魔法のことはわからないけど、これをするのにとてつもない力がいるのは間違いないだろう。でも……」


「だいじょうぶ」


 アルプは笑った。


「いま、おうじさまから、かんしゃのこころ、きてる」


 嬉しそうに言う。


「おうじょさまからも、ヴィエーディアさんからも、しつじさんも。うばさんも。みんな、ぼくにかんしゃしてくれてる。けいかくがうまくいったら、きっともっとよろこんでくれるよね」


「! ああ」


「だから、だいじょうぶだよ」


 ニコッと笑うアルプに、つられてエルアミル王子も微笑んだ。

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