第31話・しょたいめん

「うぇ~い……」


 ハイテンションが過ぎ去って、ぐったりとしているヴィエーディアの目の前に、フィーリア王女は手ずから紅茶を差し出した。


「姫様……?」


「滋養強壮の薬を入れた紅茶よ、体力が戻るわ」


「! す、すみません姫様手ずから……」


「いいの、ディアはわたくしの絶対の味方なのだから」


「申し訳ありません……ありがとうございます……」


 ヴィエーディアの目の端に水滴が浮かんだ。


 こくこく、と紅茶を飲む。


「ありがとうございます、姫様……」


「今回の計画にはアルプさんとディアの二人が絶対に必要なんですもの。このくらいしても、バチは当たらないわ」


「御猫様は? そろそろジレフール王女に御目通りしたほうがいいのでは?」


「ええ。次の薬の時に、エルアミル王子に、わたくしと、ディアと一緒に紹介すると」


「そうですかィ。猫被ったほうがいいかねェ……」


「ディアはディアのままでいいわ」


 フィーリア王女は微笑む。


「宮廷魔法使いなんかじゃなくて、わたくしの大事な魔法使い。そして、ジレフール王女を自由にしてあげたいと思う者。それだけわかれば十分ですもの」


「はい」


「ディアはわたくしにとって自由の象徴。ジレフール王女にとってもそうなってあげて。あなたが好きなことをやっている様子が、一番の薬になるから」



     ◇     ◇     ◇



「兄さま」


「なんだい?」


「最近、療法師様の姿も、ほとんどの召使も、見えなくなった」


 ベッドの上に半身を起こせるようになったジレフール王女は、しょんぼりと呟いた。


「わたし、きらいになられたのかなあ……」


「それは違う」


 エルアミル王子は断言する。


「執事のプロムスも召使頭のセルヴァントもいるじゃないか」


「うん……」


「それに、今日はお前に会わせたい方々がいるんだよ」


「え?」


「入ってください」


 ドアの向こうにエルアミル王子が声をかけると、ドアが開いて、短い黒髪とはっきりした目鼻立ちをした美しい女性と、灰色の髪と瞳をした、ジレフールが今まで会ったこともない印象の女性と、その灰色の髪の上に乗っかった、マントを羽織った黒猫。


 ジレフールが目を丸くしていると、エルアミル王子は紹介した。


「魔法薬師様と、魔法使いと、魔法猫だよ」


 え、え、とジレフールはベッドの上から身を乗り出して二人と一頭を見た。


「初めまして。わたくしはフィーリアです」


「フィーリア……兄さまのこんやくしゃだよね? レグニムのお姫様だよね?」


「今はただの魔法薬師ですわ」


 にこりとフィーリア王女は笑った。


「お体の具合はどうです? ずいぶん楽になったと思うのですけれど」


「この、金色のお薬、フィーリア姫様が作ったの? 絶対に誰のためにも薬を作らないっていう姫様が……」


「絶対誰のためにも作らない、ではありません」


 そっとベッドのわきの椅子に座って、フィーリア王女は首を振った。


「わたくしが作りたいと思った人以外には作らない、です。そうしてエルアミル様は何を捨ててもあなたを治して欲しいと頼んできた。だから来たのですわ。あなたのお兄様の心に打たれて」


「兄さま……大変だったでしょ……わたしみたいな役立たずのために……」


「誰が役立たずなものか」


 エルアミル王子は愛しそうに妹の頬を撫でた。


「約束したろう? 太陽の昇る山や、沈む海。たくさん、たくさん見て回ろうと。皆さんはお前の夢をかなえるために来てくれたんだよ」


「えっと……そちらの方は」


 視線が自分に移ったのに気づき、ヴィエーディアは仰々ぎょうぎょうしいお辞儀をした。


「フィーリア姫様付き魔法使いのヴィエーディアだ。ディアと呼んでくれていい」


「姫様付きの魔法使い……? すごい……そんなすごいひとが……」


「すごかないヨ。「変人」ヴィエーディアって言えばレグニムの誰もが知ってるポンコツ魔法使いだもン。ただ、フィーリア姫様の為に何でもやる、それだけサ」


「すごい! すごい! カッコいい!」


「こらこら飛び跳ねなさンな、やっと調子の出てきた体の具合がまた悪くなるヨ」


 ヴィエーディアはすかさずジレフール王女をベッドの中に押し込んだ。


「そして、こっちが……」


「アルプだよ」


 ベッドに横にされたジレフールの横に、アルプはスタッと飛び降りた。


「魔法猫、さん?」


「そうだよ」


「自由な魔法猫?」


「うん」


「すごい、すごい」


「そんなに興奮したら熱出るヨ」


 ヴィエーディアの筋張った手がジレフール王女の額を探った。


「今熱を出したら、これから起こるものすごい出来事の紹介ができなくなっちまうかないかィ」


「すごい、こと?」


「そ。すごい、こと」


 フィーリア王女が小さなカップで金色の薬を渡す。


「これを飲んでくださいまし。そうしたら教えて差し上げますわ。いまわたくしたちが企んでいる、とっても面白い計画を。……ああだからと言って一気に飲まないでくださいな、体がびっくりしてしまいますわ」


 ジレフール王女は頷いて、ちびちびと薬を飲んだ。エルアミル王子に渡した薬とは違って強烈な味はしないらしく、顔もしかめないでこくり、こくりと飲んでいく。


 ふぅ、と薬を飲み終わって、ジレフール王女がキラキラした目を……兄エルアミル王子でも見たことがないくらい輝く瞳で、一同を見上げた。


「なに? すごいことって、なに?」


 エルアミル王子もフィーリア王女も、譲り合うように見ていたが、結局おはちはヴィエーディアに回ってきたようで、ヴィエーディアは、「あ、あ・あー。ん、んっ」とのどの調子を整えて、その計画を発表した。

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