第32話・にげだすけいかく

「小さい姫様の望みはなんだィ?」


 ヴィエーディアに聞かれ、ジレフール王女は即答した。


「元気になって、好きなところにいきたい!」


「そうだろうネ。でも、今、我が姫様の薬のおかげで少しは元気になってるとはいえ、普通に旅するにはまだまだ元気がたりない。そして小さい姫様、あんたも王族ならわかってるよね? 王族が自由になるのはかーなーりーめんどくさいこと」


「……うん」


「ブールはその王鷲のブローチを失えば王位継承権喪失となる。だけど、レグニムは何をしても姫様を失うわけには行けないから、姫様の所有権を捨てることはない。それもわかるネ?」


「うん」


「ここにいたらあんたの父君も姫様を手に入れようとするだろうネ。姫様は早く逃げなきゃならない。でも小さい姫様の様子を見なきゃいけないし、ここを今すぐ立ち去るわけにはいかない」


「わたしの様子なんていいから、姫様は逃げて。せっかく逃げ出せたのに……」


「ジレフール王女、私が薬を出している王女を見捨てたら、それは魔法薬師失格なのですわ」


「で、でも」


「大丈夫サ。ここにいるみんなで、小さい姫様も安全に逃げる方法を御猫様が考えてくれたから」


「御猫様?」


「アルプのことサ」


「アルプさん、そんな方法、あるの?」


「あるよ」


 アルプは尻尾を立てた。


「ヴィエーディアさん、言ってあげてよ」


「う~ん。こういう場合は計画立案者が言ったほうがいいと思うんだけどねェ」


「一番大変なのはヴィエーディアさんじゃない。ヴィエーディアさんが言うべきだよ」


 ジレフールが今まで見たこともないタイプの魔法使いは乱暴に髪をガシガシといて、言った。


「あー。御猫様提案、あたしと御猫様共同実行中の計画はだネ」


 エルアミル王子が口元を緩め、フィーリア王女の頬に笑窪えくぼが浮かぶ。アルプの前足でたたかれて、ヴィエーディアは勿体ぶりながら言った。


「この屋敷ごと旅をするんだ」


 え? という顔をするジレフール王女に、ヴィエーディアはたたみかけた。


「お屋敷ごと空を飛んで、この場所から逃げるんだヨ」


「え? え? ええーっ?」


 ぼふぼふ、とジレフール王女は布団を叩く。


「兄さまも? フィーリア姫様も? ディアさんも? アルプさんも? プロムスやセルヴァントも?」


「そう。みんなまとめて空へ逃げるのサ」


「きゃー!」


 ばふんばふんと起き上がったりベッドに背中を叩きつけたりして、ジレフール王女は大喜びした。


「ジレ! そんなにしたら熱が!」


「いつ? いつこのお屋敷空を飛ぶの? いつ?」


「明日サ」


「明日!」


 ジレフール王女の顔はぱあっと輝き、年相応のお転婆てんばそうな顔を見せた。


「じゃあ、わたし、このブローチはず……」


「それはちょいと待っておくれ」


 ぴ、とヴィエーディアはジレフール王女の目の前に手を突き出して、ブローチを外そうとした手を止めた。


「今外すと、あんたのお父上がエルアミル王子に続いてあんたまで王位継承権を捨てたことに気付いちまう」


「気づいたらダメなの?」


「今日中に様子伺いの誰かが来るヨ。魔法使いであればこの場に張られている結界が何なのか気付かれちまう。明日、出発直前。それまでは外しちゃダメだヨ?」


「うん、わかった」


 ヴィエーディアの真剣な声音に気付いたのか、ジレフール王女も真剣に頷く。


「じゃあこの薬も飲んでおくれ」


「え?」


 フィーリア王女が差し出したのは、透明な薬だった。


「何?」


「体を落ち着け、ぐっすり眠れる薬ですわ」


 フィーリア王女は微笑む。


「この話を聞いて、興奮してしまったでしょう?」


 こくこくこくと首振り人形のように頷くジレフール王女に、フィーリア王女は苦笑した。


「本当は空を飛んでから伝えるつもりでしたけど、アルプさんが教えてあげないときっとつまらないからって……空飛ぶ瞬間を見ないとって」


 うんうんうんと首振り人形再開。


「ですから、お話しして、ぐっすりお休みしてもらって、飛ぶ直前で起こして差し上げないとって」


 ぱああ、と笑顔が花開く。


「だから、安心して寝てていいんだヨ。ちゃあんと起こすから」


 もう一度頷いて、ジレフール王女は薬を飲んだ。


 その目がとろんとして、へにゃっとした笑みのまま、ジレフール王女は眠りに落ちて行った。



「よろこんでたね。ジレフールおうじょさま」


「そりゃァ喜ぶサ。自分の家が飛ぶなんて、子供のあこがれサ」


「そうなの?」


「魔法を使わないと飛べない人間の憧れサ」


 灰色の髪を紐でくくりながら、ヴィエーディアは気合を入れる。


「よしっ、最後の仕上げ、頑張るとするかネ!」


「頑張ってねヴィエーディアさん!」


「飛んだあとはお前さんの領分だからネ、気合入れるんだヨ御猫様!」


「うん!」



 乳母兼召使のセルヴァントや執事のプロムスも、眠るジレフールを見て涙を浮かべた。


「こんなにお顔の色も……幸せな寝顔も……初めて……」


「よろしゅうございましたなあ姫様……このまま行けば、外を走ることだって……」


「世界を旅できるほどに健康にして見せますわ」


 フィーリア王女が断言した。


「ありがとうございますフィーリア姫様……」


「ジレフール様に代わり、御礼申し上げます。ありがとうございます」


「いえ。お礼は薬を作ってあげようと思わせたエルアミル王子に。あの方がわたくしに言わなければ、わたくしはブールの姫に作ろうとも思わなかったのですから」

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