第48話・ねむるまえに
それから二週間。
アルプは毎日エルアミルとプロムスの付き添いで森に行き、ヴィエーディアは屋敷でジレフールの様子を見ながら毎日のように少しずつかける魔法を変えていく。
記憶は日々ずれていく。ずれた記憶を修正して、完璧にアルプが人間と思い込むように……刻み込むようにする。
そうやって、あやふやな記憶を「確信」させるのだ。
そんな毎日に、アルプはヴィエーディアを心配していた。
魔法を微妙に調整しながら気づかれないよう五人に魔法をかけ続ける。いくら二つ名を持つような冒険者で王女付き魔法使いとして認められている彼女とは言え、そんな精神をすり減らすような生活が疲れないはずがない。
なのに彼女はいつものように平気な顔で暮らしているのだ。
魔法猫でも辛い日々なのに、ヴィエーディアは笑って手をひらひらさせる。
(大丈夫サ。お前さんほどに大変じゃあないヨ。あたしの心配をしてくれるのはありがたいが、お前さんはお前さんの心配をしナ)
本当に大丈夫なんだろうかとアルプは心配で仕方がない。
アルプはまだ余裕があるのだ。人間への変化は慣れた。猫であることだけを隠せばいいだけ。フィーリアの真似をしなければならなかった時に比べればどうってことはない。魔法猫は感謝の心を受けている限り魔法力は蓄えられる。アルプが大事に懐に隠している、フィーリアがくれた藤の籠……この屋敷を飛ばした時にも座っていた、皆の感謝が詰まった籠を持っているだけで、十分に魔法力が蓄えられるのだ。
だけど、ヴィエーディアにはそれがない。
魔法道具があるといっても、それは魔法力を高めることにはならない。魔法道具はあくまでも魔法の補助にしかならないのだ。
ベッドの中で横になっても、心配は絶えない。
ちょっと様子を見に行こうか。
アルプはベッドを降りて、上着を羽織って、足音を殺してヴィエーディアの部屋へ向かった。
くかー、すぴーという寝息が聞こえる。
どうやらヴィエーディアは寝ているらしい。
しかし灯はついている。
(また、ちんぼつしたのかな?)
そっとドアを開けると、ああ、やっぱり。
ベッドに突っ伏しているヴィエーディア。
「おししょうさま……おししょうさま」
「すかー……ンぁッ?!」
びくぅっと目を覚まして、あちこちを見て、アルプに目が留まる。
「あ、ああ、悪いネ。また沈没してたようだワ」
「ぼくにむちゃするなっていうのに、じぶんはむちゃしてる」
アルプは口を尖らせた。
「おししょうさま、おししょうさまがいちばんむちゃをしちゃダメなのに、むちゃしてる」
「怒ってるかィ?」
「おこるよ」
アルプは口を尖らせたまま言う。
「おししょうさまがむちゃしたら、ぜんぶダメになっちゃうんだよ。それを……」
「ごめんねェ、心配かけてるねェ」
「しんぱいさせないでよ」
「そうだネ……お前さんを心配させちゃダメだネ。ごめんごめん。寝るヨ」
「ちゃんと、ベッドで、だよ」
「分かってるヨ」
ヴィエーディアは大あくびして、一度立ち上がって伸びをすると、ベッドに向かった。
「って、ついてくるのかィ?」
「おししょうさまはぼくをしんぱいさせるのがうまいから」
アルプはてくてくとついていく。
「ねたフリしてぼくがでていったあと、おきだすつもりでしょう」
「やれやれ、こりゃあ本気で心配性の弟子を取ったようだなァ」
「しんぱいさせてるのはおししょうさまだよね」
「やーれやれ。分かった。わーかりました。今日は大人しく寝ることにしますヨ」
ヴィエーディアは降参、と両手を上げた。
「やくそくだよ?」
「分かりましたヨ。今日はしっかり寝ることにしますヨ。幸い、道具も仕上がったことだしネ。今日は熟睡いたしますヨーっと」
くああああ、ともう一度大あくびをして、ヴィエーディアはベッドに入った。
「心配なら魔法かけるなりなんなりお好きなようにー」
言ってベッドに入るヴィエーディアににダメ押しで睡眠魔法をかける。
ヴィエーディアはあっという間に夢の中に行ってしまった。
「これでよし。これであさまでおししょうさまはおきない、と……」
アルプも小さくあくびをして、自分の部屋に戻った。
ちょっと前までだったら、ヴィエーディアの望みを叶えるため、睡眠がいらない魔法なんかをかけていただろうけど。
ここには、心配させる人が多すぎる。
でも、心配するのが、楽しい。
心配して、心配されて。
感謝して、感謝され。
それがこんなに楽しいことだって思わなかったから。
望みを、願いを叶えることだけが、魔法猫の使命だと思っていたけれど。
(しんぱいすること……かんしゃすること……それはだいじなものだと、おもうから。だから)
眠りに落ちていく中で、アルプは思った。
(おししょうさま……ヴィエーディアさんは、もっとしんぱいされて、かんしゃされてもいいひとなんだよ……。わかってるのかな……)
その祈りが、少し離れた部屋で、
だが、少なくとも、ヴィエーディアは久しぶりに朝まで熟睡できたのは確かだった。
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