第47話・よるのないしょばなし

 ご飯をごちそうさま、と食べ終えたアルプは、さきにねるねーと告げてアルプは割り当てられた部屋に戻る。


 ドアを閉めて、そのままずるずると座り込んでしまった。


「つ……かれたぁ……」


 ドアに寄りかかったまま、アルプは呟く。


 人間体を保持し、猫の部分を出さず、やりきる。


 長い間それを続けるのは、魔法猫といえど簡単なことではないのだ。特にアルプはまだ若い。思った通りに魔法を使いこなすには、まだまだなのだ。


「ヴィエーディアさん……じゃなかったおししょうさまはすごいなあ……。こんなまほうをつかっても、びくともしないんだからなあ……」


 こんこん、とノックする音がして、アルプはびくぅっと跳ね上がった。思わず髭が出てしまう。


「だ、だれですか?」


 髭を消しながら聞くと、


「あたしの気配もわからないほど疲れたのかィ?」


「ごめんなさい、しゅうちゅうりょくがきれて……」


「まあ仕方ないサ」


 何とかドアの前からどいたアルプに、そのドアを開けて入ってきたヴィエーディアが、クリスタル瓶を持ってきた。


「人間の形を一日中保つのも、森の中であの二人をフォローするのも、相当な集中力がいるからネ。ただ魔法力をそのまま出すより、方向性を与えて使う方が難しいしネ。人間は魔法道具を使うんだけど……ホレ」


 飲みな、と言われて、アルプは首を傾げる。


「フィーリアさま?」


「いんや悪かったね、あたしの作だ」


「ヴィエ……おししょうさまが?」


「一応学問校で習ったからネ。魔法力の回復と気力回復。あんたに渡すって言うとお嬢様は何でってなるだロ? だから頼めなかった。疲れただろうに済まないネ」


「ううんうれしい。ありがと……じゃなくて、ありがとうございます、おししょうさま」


「うん、頑張ったネ」


 わしわしと頭をでられて、アルプは気持ちよさそうに目を細める。


「でも、どうしてぼくがもりなの? そりゃあもりのことはしってるけど、おししょうさまのほうが……」


「ジレフール嬢ちゃんが安定するまでは、ダメだ」


「そっか、こどものきおくは……」


「ああ、特にアルプっていう魔法猫の記憶が焼き付いてる。これをアルプって人間の記憶で書き換えるのは難しい。何かの拍子で魔法猫の記憶が蘇るかもしれない。そうしたら残る二人の記憶も引っ張り出される。そうしたらおしまいだ。あんたは逃げるほかなくなる」


「……うん」


 深刻な顔でアルプは頷く。


「……ぼく、がんばる」


 アルプの目は、それを物語っていた。


 色を薄めた瞳なのに、今ははっきりと金だとわかる。


「集中しちゃダメだヨ」


 ヴィエーディアは注意する。


「魔法力がみなぎると、目の色が濃くなっちまうからね。注意しな」


「はぁい」


 ドアの横にへたり込んだまま、アルプはクリスタル瓶の中身を飲んだ。


「はぁ」


 少し楽になったのか、アルプにわずかに笑顔が戻った。


「少しはマシかィ?」


「うん。すこしげんきもどった」


「よかった」


 ふっとヴィエーディアは息を吐いた。


「明日も頑張れるかィ?」


「うん。エルアミルさまとプロムスさんががんばってるから、ぼくがあんまりてをださなくてもだいじょうぶだとおもう」


「いいかィ、あんたが魔法を使ったらおじゃんなんだからネ」


「うん。ぼくもそばにいたいから、がんばる」


「ンじゃあ、これも追加ダ」


 それは。金のチェーンでつながれた金色の懐中時計。


「これは?」


「今日一日かけて作ったんだ。魔法力をここで溜め込んで操作できる。親御さんの唯一の形見とでも言っておきな」


「うん。ぼくはアルプ。おとうさんとおかあさんがはやりやまいでしんじゃって、おししょうさまにひろわれたこども、これはおとうさんのくれたかたみ。うまれはひがしのはてのしま……」


「よし、それをきっちり覚えておくんだヨ」


 その時、ヴィエーディアはアルプが抱えていたものに気付いた。


「それは……お前さん、これはヤバいよ」


「うん、あぶないのはわかってる」


 藤の籠。魔法猫にフィーリアがくれた最初のもの。フィーリアにとってもそうだし、ジレフールも籠の中にいる魔法猫ばかり見ていた。記憶を引きずり出しかねない危険物。


「でも、これがぼくのがんばるみなもとなんだ。てばなしたら、たぶん、ぼく、こわれる」


「仕方ないねェ」


 ヴィエーディアはその藤の籠をアルプの手から受け取った。


「大きさが変わってもいいかィ?」


「? うん」


 ヴィエーディアは籠を持ち、呪文を唱えた。


「我が手の内にある物よ、我が意を酌み、その形を縮めよ」


 見る間にアルプがかつて収まっていた籠が縮小し、掌サイズになった。


「これでも危ないって言えば危ないが、どん、と出されているよりはまだマシだからネ。懐中時計の鎖につないで懐に入れておきナ」


「ありがとう、おししょうさま」


「どういたしまして、サ。お前さんがいないとこの屋敷も飛べないんだし、その記憶の条件付けするのも大変だった。それに比べればこの程度簡単なもんダ」


 お休み、とヴィエーディアはアルプの頭をもう一度撫でて、部屋を出て行った。


 部屋に残されたアルプは、笑っていた。


(おかあさん、おかあさん)


 心の中で、語り掛ける。


(ぼく、たいへんだけど、しあわせだよ)


 見守りたい人たちがいて。


 見守ってくれる人がいて。


 だから、アルプは今、とても幸せだった。

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