第49話・ひきわけ

 ヴィエーディアは毎朝、日が昇る前、誰よりも早く起き出して、屋敷の真ん中、ジレフールの寝室であり皆が集まる場であり、屋敷を動かす中心部である部屋に行く。


 ジレフールが眠っている……目覚めと眠りの間で微睡まどろんでいるのを確認して、意識をあちこちに向けて全員が眠っているのも確認し、水晶球をテーブルの真ん中……アルプが藤の籠を置いて、座っていた場所に置く。


「記憶を司る女神パーミチ……我が声に応じ、美しき作り物で残酷な真実を覆い隠し、幸福の中に生かしめたまえ……」


 呪文は単純だが、消費される魔法力は半端ではない。それでもヴィエーディアは念じて、記憶を確定させる魔法力を、屋敷全域に広げる。


「美しき作り物に書き換えよ……」


 その手ごたえに、今日もうまくいったことを確信する。


 ふぅ、と息を吐いて、チラリとジレフールを見る。ジレフールから覚醒の気配はない。よかった。これで今日も一日、刺激さえしなければ記憶が揺らぐことはないはず。


 ヴィエーディアは二度寝するために、水晶球を持って部屋へと戻っていった。



 ヴィエーディアが二度寝してから数刻後に起き出すのは、セルヴァント、プロムス、そしてアルプだ。


 セルヴァントとプロムスは、朝の準備……主であるジレフール、その兄エルアミルの為に、食料の調達などをするため。アルプはその手伝いだ。家畜小屋の鶏小屋から卵を回収し、牛やヤギの乳を搾って体を拭いてやる。人間の振りをして、猫だった記憶を日々塗り替えているのだ。


 そうして、アルプは仕事が終わってから、皆を起こして回る。


 まず頭をしゃっきりさせなければならないエルアミルを叩き起こし、夜遅くまで魔法薬開発していたフィーリアに声をかけ、ジレフールを優しく揺さぶり……。


 そうしてヴィエーディアを起こしに行く。


 朝早くに起きて二度寝しても、昼に主にジレフールを観察しながら魔法道具を作ったりし、アルプが帰ってきてからはエルアミルに冒険者としての常識を教え、フィーリアより後に眠る。普通の人間がこの生活を続けられるはずがない。


 冒険者として時には限界まで体を使うことをしていたから何とか出来ているのだが……。


「ホレホレ、男共、今日のノルマは四牙猪よつきばししの毒牙を三つ! ほいエルアミル様四牙猪の生態は?」


「森の奥の沼地に生息して、普段は単独生活、繁殖期のみオスとメスが共同生活する。雑食性で動くものを襲う」


「今回の目的はその毒牙。薬効は?」


「は、はい、えと……原液のまま使うと飲んだ瞬間に倒れるほどの高熱を即座に出すが、調合すれば普段の五倍の力を出せる最強怪力の薬の材料となる」


「おし大体オーケー。ただし、最強怪力の薬の副作用として使用後三日間動けなくなるところまで押さえておきナ。んで、襲われたときは?」


「襲われたら直角に逃げて、側面から切り込む」


「合格。ただし、これは言うだけなら簡単だからネ。四牙猪は軍馬に楽々追いつけるほどの速さだ。森の中だからそこまでのトップスピードは出せないけど、それでも馬並みの速さと普通の猪の五倍の速さはある。つまり?」


 チラリとエルアミルを見る。


「ええと、まともに戦うと、危険、ですか」


「そう。なら、どうする?」


「罠……に……かける?」


「おし、よし。罠のことは教えたネ? 四牙猪をぶっ潰す罠だ。牙を傷つけるんじゃないよ? んじゃ、行っといで」


 エルアミルとプロムスは罠を考えながら歩きだす。


「ああダメだよ! かんがえながらあるいてたら、まものにおそわれるでしょ! あんぜんなばしょでかんがえてからこうどう!」


「アルプさんにかかったらエルアミル様もプロムスさんも形無しね」


 アルプに怒られて、屋敷の外で四牙猪に仕掛ける罠を話し合うエルアミルとプロムスを見て、フィーリアは思わず吹き出す。


「あの子は見た目はあれでも用心深い性質ですからネ、あの用心深さを見習ってもらわんといけませんナ」


 ジレフールは何かを言おうと言葉を探していたようだが、結局何もなかったようで、首を傾げて口を閉じた。


「冒険に、卑怯と言っていられないものね」


「そ。卑怯な真似……不意打ち弱点罠引っ掛けは、冒険者には絶対必要なスキルですからネ。これを使いたくないって言ってるうちjはどうにもならないと思っていましたけど、その心配はなくなりましたナ」


 うんうん、と満足げにヴィエーディアは頷く。


「四牙猪の牙を調達できるようになれば、ギルドに登録しても何とかなれるでしョ。アルプなしでも森へ行けるかもですナ」


「いよいよ保護者なしの冒険になるのね?」


「そうですナ。というか、保護者付きの冒険なんてのがそもそもあり得ないんですけどネ」


「ディアは厳しいわねぇ」


「もっと小さい子供がギルドに登録して薬草を収めたりしているのを見てきたもんで。あの子たちは大人がいなくても自分で稼いで生きてましたヨ」


「……わたし、元気になれたよ」


「嬢ちゃん?」


 ジレフールは、よいしょ、とベッドから降りて、自分の足で立った。


「ほら、ベッドからおりれる」


「ほほぅ……」


「そうね」


「ジレフール様……!」


 その姿に、ヴィエーディアが目を細め、フィーリアが頷き、セルヴァントが感激で涙を浮かべた。


「今日、兄さまたちが帰ったら、ドアの前で出迎えるんだ」


「こりゃあ、勝負は引き分けかネ」


 女性陣の笑い声が、屋敷に広がった。

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