第51話・ひょうてい

「お帰り、兄さま!」


 ウサギを十羽狩って帰ってきたエルアミルは、ドアを開けて驚いた。


 ジレフールが立って待っていたのだ。


「ジレフール!」


 すぐに抱きしめようとして、自分がウサギの解体で汚れていると思いなおし、タオルでついた血を拭って上着を脱ぎ、抱きしめた。


「ベッドから出られるんだ……良かったな……本当に良かった……」


 何度も何度も頬にキスの雨を降らせ、抱きしめる。


「賭けはジレの勝ちだな。兄さまは課題をクリアできなかったから……」


「え? 兄さま、ダメだったの?」


「ああ」


 苦笑するエルアミルに、ジレフールの後ろからヴィエーディアが声をかけた。


「ご苦労さン、アルプ。エルアミル様、プロムス殿、判定はそのウサギを食っちまってからにしよう。セルヴァントさん、ウサギ頼みましたヨ」


「はいはい。お腹に香草と野菜を入れて焼いてみましょうね」


 エルアミルの持っていたウサギを受け取り、セルヴァントは台所に向かう。


「兄さま、冒険のお話聞かせて」


「おいおい、そんなすぐにたくさん動いたりして、大丈夫なのかい?」


「ベッドに入ってだったらいいよってフィーリアお姉さまに言われた!」


「あんまり面白くないぞ? 失敗した冒険だからな」


「それがいい! お外の話、いっぱい聞きたい!」


「ほら、ジレフール、ちゃんとベッドに入らなきゃ」


 フィーリアとエルアミルに両手をつながれ、ジレフールはご機嫌でベッドに入る。


「じゃあ、どこから話そうか。四本の毒牙を持つ猪のお話だ……」



 お話が沼地を脱出したところで、台所からいい匂いが流れてきた。


「セルヴァントがウサギを焼いてくれているんだな」


「ウサギ、食べていい?」


 ジレフールがフィーリアを見上げる。


「みんなと同じウサギじゃなければ」


「え?」


「一羽だけ、でてもらってるの。まだ焼きウサギは脂っこいでしょうから。おんなじ料理はまだだけど、同じ材料なら」


「うわあああ……」


 ジレフールの目がキラキラ輝く。


「おんなじ? おんなじ?」


「ええ」


 今まで病人食しか食べたことがなかったジレフールが、嬉しそうに笑う。


「兄さまがとったウサギ、食べられるんだ!」


「ええ。次は同じ料理が食べられるように頑張りましょう?」


「わーい!」


 そこへヴィエーディアとアルプが戻ってきた。


 エルアミルとプロムスの背筋が伸びる。


「評定は食ってからだヨ」


 セルヴァントが机の上にウサギの香草焼きを並べる。ジレフールのベッドテーブルにはウサギのスープ。


「では、神様に獲物がとれたことを感謝して」


「いただきます」


 ジレフールは生まれて初めての肉を口に入れて感激し、興奮してフィーリアになだめられる。エルアミルとプロムスはヴィエーディアの評定がどうなるか不安そうな顔をしてウサギ肉をつつく。ヴィエーディアは健啖けんたんっぷりを遠慮なく披露し、アルプも両手を脂まみれにしながら行儀悪く食べていた。



     ◇     ◇     ◇



 食べ終わって、セルヴァントが机の上から皿を片付ける。


 しーはと楊枝ようじで歯をせせっていたヴィエーディアが、ゆっくりと顔を上げた。


「さて、評定を述べるとするかネ」


 エルアミルとプロムスの顔色が変わる。


「今回の目的は四牙猪の毒牙三本だったネ」


「はい」


「で、持って帰ったのは、ウサギ十羽」


「……はい」


 うつむきがちになるエルアミル。


「その判断を下したのは?」


「僕だ」


エルアミルが小さく手を挙げた。


「理由は」


「猪の住処に、巨大な肉食獣らしい足跡を発見した。明らかに猪と争った跡があり、血痕が残っていた。まだ新しい状態だったので、その肉食獣に足場の悪い沼地で襲われたら勝ち目はないと思い、沼から離れた」


「ふン……その肉食獣の正体は?」


「分からない。だが、足の大きさからして噂に聞く剣歯虎クラスではないかと判断、今の我々では歯が立たないと思い、撤退した」


「ふゥん……」


 エルアミルとプロムスは判決を待つ罪人のような顔をして、評定を待つ。


 ヴィエーディアはゆっくりと顔を上げた。


「九〇点。合格」


 俯いて歯を食いしばっていたエルアミルはパッと顔を上げた。プロムスも呆然とする。


「なんだい、驚いた顔をして」


「……いや、指示を遂行できなかったから、失敗だったかと……」


「冒険者の仕事は依頼を達成することじゃない」


 ヴィエーディアは真剣な目をして言った。


「まず、生きて帰ってくること。それが仕事なんだヨ。そしてあんたらは余計で危険な戦闘を避けて生きて帰ることを優先した。だから合格。マイナス十点は一度アルプの様子を伺うところが見えたのと、引き返す判断が少し遅かったこと。手に負えないと思ったら迷わず引き返す。それができない冒険者は死んでいくヨ」


 呆然としているエルアミルとプロムスに、そう言い聞かせる、


「ちなみに足跡はあたしが作ったものだ。昔見た剣歯虎の足跡を再現して、あんたらが行きそうな沼に細工したのサ」


「肉食獣ではなかったのですか」


「そんな近くにそんな凶暴な獣がいたら、あたしは練習場所を変えてるサ。あれはきちんと大型肉食獣を足跡で見分けられるかどうかっていうテストでもあるからネ」


「では……」


「嬢ちゃんとエルアミル様の勝負は、引き分けだネ」


「引き分け! 引き分け!」


ジレフールはベッドの上でボスンボスンと布団を叩き、エルアミルとプロムスは昔からの仲間のように肩を叩きあった。


「で、では」


「お前さんたちだけで危険な場所に入っても、それだけ冷静に判断できれば大丈夫サ。よっぽど格好つけようと思ってポカしたりしなければ」




「チートな魔法猫の人助け・おうじょさまとおうじさま」終

「チートな魔法猫の人助け2・ぼうけんしゃのきょうだい」に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チートな魔法猫の人助け・おうじょさまとおうじさま 新矢識仁 @niiyashikihito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ