第34話・あんのじょうきたひとたち

 目を覚ました理由は簡単。


 伝言鳥が屋敷に飛び込んできたのだ。


「本日! 陛下が! 参ります! 参ります!」


 参ります参りますと繰り返す伝言鳥に、全員起きるしかなかったのだ。


「やはりか……」


 エルアミル王子は苦い顔をした。


「僕がブローチを放棄したこと、レグニムから出たこと……あとはストレーガからフィーリアの出奔の報がくれば、ジレフールを治すためにここに来ることくらい簡単に考え付く」


「どうする?」


「問題はないスよ」


 灰色の髪を整えることもなくぼっさぼさのままで出てきたヴィエーディアは、んー……と伸びをして体のあちこちをぐるぐるとまわした。


「感知魔法をこの近辺にかけてあるので、異変があればすぐあたしにはわかりますヨ。どうですかィ、陛下の目の前で、屋敷を飛ばすというのは」


「……確かに目の前で飛ばれれば追ってはいけないだろうが……大丈夫なのか?」


「だいじょぶだいじょぶ。それより家畜をきちんと家畜小屋に入れておいてくださいヨ。家畜残していくのももったいない」



     ◇     ◇     ◇



「本当に屋敷にフィーリア王女がいるのだな、ストレーガ」


「はい。王子の帰国と失踪、フィーリア王女と魔法使い、魔法猫の出奔を考えれば、フィーリア王女はジレフール様に薬を作るためにジレフール様のお屋敷に滞在している可能性が高うございます」


 横を空飛ぶ絨毯で進むストレーガの言葉を聞きながら、ブール国王レクスは馬を進ませた。


「ジレフールに薬を作るのであれば、当然フィーリア王女はブールを気に入ってくれているということだ」


 レクスは自分に言い聞かせるように呟く。


「フィーリア王女をブールに招き入れる。レグニムで不満を持って閉じこもるより、ブールで好きなだけ魔法薬を作れる環境に置き、好きに作らせるのだ」


「は」


「ただ閉じ込めるだけでは心は開けぬゆえにな……」



「……だとサ」


 ストレーガにも目をつけておいたので、レクス王とストレーガの会話も様子も場所も筒抜けだ。


「あらあら」


 ヴィエーディアに聞いたフィーリアが呆れて呟く。


「お父様と一緒にわたくしを塔に閉じ込めたこと、忘れたのかしら」


「どの辺りで飛ばしますかィ、姫様?」


「そうですわね……レクス陛下の声が届くくらいのところで」


 楽しそうにフィーリアは言う。


「逃がした魚は大きい、と言いますけど、てのひらつかむその時に逃げられたら、それはそれは悔しいと思うでしょうから」


 フィーリア王女は意地の悪い笑みを見せた。


「エルアミル王子はそれでよろしくて?」


「異論はありません」


「さて、ジレフール姫さん」


 セルヴァントに髪をかれながら、ヴィエーディアはアルプのいる部屋に移動されたベッドの上のジレフールを見た。


「姫さんはまず、どこへ行きたい?」


「ど、どこ?」


「姫さんはどこにでも行ける。この屋敷でネ。まず、どこへ行きたい? いきなり冒険もいいけど、体を落ち着かせるまでゆっくり過ごす場所もいいネ。どんなところがいい? おねーさんと御猫様が叶えてやるヨ」


「え、えーと。えーと……」


 ジレフールは考えた。


「ちょっと涼しいところがいい。ここは蒸し暑くて、寝ててもつかれるから」


「そうかィ」


 ニカッとヴィエーディアが笑う。


「じゃあ、草原がいいかねェ。いい風の通る草原があるんだヨ。姫さんの体が元気になるまで楽に過ごせる草原が」


 目をキラキラさせるジレフール。年相応の子供の表情。


「ヴィエーディアさん、来たよ」


 アルプの小さな声がした。



 パチっと火花が散り、馬が一瞬動揺するのをレクス王は抑えた。


「なんだ?」


「感知魔法結界……おそらくはあの変人小娘が仕込んだものでありましょうや。それなりに頭はあるというわけですな」


「目の前から王子を見失ったお前と違ってな」


 レクス王の物言いに、ストレーガはひっそりと唇をかみしめた。そう、もしこの場所に王子がいるだろうという判断がなかったら、そのまま宮廷魔法使いの座を追い出されても仕方なかったのだ。それほどの失態を自分は犯したのだ。


(生意気な変人に……我儘わがままな王子……気難しい王女……)


 顔を上げたストレーガの目は血走っていた。


(揃って儂を邪魔者扱いしおって……覚えておれ、貴様らの頭を儂に下げさせて、あの魔法猫の毛皮を献上させてくれる……!)


 そんなストレーガの考えも知らず、レクス王は馬を止める。


「では、あちらはこちらに気付いたということでよいのであろうな」


「は。伝言鳥も飛ばしたことですし」


「では、この結界を張った魔法使いよ! レグニム国フィーリア王女付きの魔法使い、ヴィエーディア殿で間違いはないな?」


「はいはい」


 目の前に、灰色の髪と目の女が現れた。実体ではない。幻影だ。


「一国の国王の前に現れるのに、幻影を使うとは! なんと無礼な……」


「よい。フィーリア王女に魔法を捧げた者であろう? ならば彼女がこうべを垂れるのは王女だけだ」


 鷹揚おうようにストレーガをなだめ、レクス王はヴィエーディアの幻影に向き直る。


「そなたがここにいるというのは、当然フィーリア王女もその場にいる、ということで間違いあるまいな」


 言葉は柔らかい。だが、裏に何か持っている喋り方。


「間違いないけど、何の御用だィ?」


「この小娘が……!」


「よい、と言っているであろう」


 低い声に不機嫌を感じて、慌ててストレーガは口を閉じる。王の機嫌を損ねている場合ではないのだ。


「ではヴィエーディア殿、まずはフィーリア王女に感謝の言葉をお伝え願いたい。ジレフールの生命力が高まっているということは、魔法薬師として名高いフィーリア王女が魔法薬を作ってくださったおかげであろう。薬代ももちろん支払わせてもらう」


「いりませんわ」


 ヴィエーディアのものではない、別の女性の声がきっぱりと拒絶した。

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