馬は証明する
あーこを持った2年前、他のレッスン馬たちは故障続出でした。
その原因は、冬の間の馬場が悪い時に酷使してしまったことが、春になって噴出したことにあります。クラブ側は、それを反省して、冬の間は馬場が悪い時はレッスンを中止、もしくは、足元の丈夫なポニーを使うことにしていました。
あーこを持ってくれなかったその人が、なぜそのような時期に馬を持ったのか?
馬場の悪くなるこの時期に馬を占有するということは、人が乗れない間に練習をしたい、という意図もあったのかも知れません。それとも、馬場が悪くなることに、馬の知識が足りず、何の躊躇いもなかったのかも知れません。
誰も乗っていない悪い馬場で、インストラクターに10分の下乗りをしてもらい、びっちりとレッスンを受ける、それを2ヶ月続けたのです。乗馬は気合だ! と念じながら。
多くの人は、それは馬がかわいそうだ、と見ていたと思いますが、中には「ガッツがあるね、こんな誰も乗りたくないような時に頑張るとは」と、褒め称える人もいました。が、褒め称える人すら、自分の馬には乗らないのでした。
自分の馬は壊したくないから乗らないが、馬を壊してでも技量を磨くために乗り込んでいくのは馬乗りとして素晴らしい、と考える人も、やはり世の中にはいるのです。
そして、クラブ側は、やりたいようにやってください、ダメになれば、次の馬を出しますから、という考え方なので、どうなるかわかっていても、その人の望んだ通りにレッスンをするのです。
私は、この馬が入ってきた日のことを覚えています。
この馬は、競走馬として長く働いてきて、最後は、地方競馬で1ヶ月に3回レースに使われる1年を過ごし、身も心もボロボロになってクラブにきたのです。
身体中に鞭の痕がくっきりと残っていて、カツカツとしたひどい歩様、これで乗馬になれるのか? と、かわいそうな状態でした。
そんな馬でも、クラブ側に馬を見る目があったのか、調教を入れて後にLクラスで勝ち負けできるまでになり、クラブのレッスン馬として降りてきました。
競技経験があるということで、ライセンスを取りたい、競技会に出たい、という会員さんに使われる馬になり、ファンも多くついていたのです。
しかし、馬は過去のことを忘れない動物です。
冬の間に酷使されたことは、おそらく競走馬時代の酷使を思い出してしまったのでしょう、体よりも何よりも精神的に病んでしまいました。
本当に痛いことです。
その人は、動物が大好きで、乗馬も大好きで、ガッツもある人。
たとえ、馬場が悪くても吹雪でも、しっかりやれば結果が出るんだ、馬との絆も深まるんだ、と信じていたのだと思います。
クラブ側は、その気持ちに沿っただけ、しかし、馬を大事に思うなら、こんな馬場ですからやめましょうとか、言えなかったのでしょうか?
そこに期間限定で馬をレンタルという不幸があったことは間違いありません。2ヶ月しか期間がないのに、1ヶ月休ませろ、とは言えるわけがありません。
ただ、クラブ側が真剣に手をかけている馬は、気合で調教しても滅多に壊れることはないのです。それは、何をどこまでやればいいのか、ちゃんと経験で抑えているからです。ダメにしてしまうのは、むしろ、手をかけられないから、放置してしまうからなのです。
表面だけ真似て、ああすればいいんだ、なんとかなるんだ、確かに良いコンディションの中なら、それでよかったのかも知れませんが、1頭の馬と向き合うには、あまりにも無知でした。
無知で無垢なままというのは、なんと残酷なことでしょう。
馬の屍を乗り越えていけ。
多くの失敗を重ねてきて、無垢ではいられないのが馬乗りです。
クラブ側は、多くの馬を扱ってきて、多くの失敗を重ねてきたからこそ、やっていいこととダメなことを把握している。
そして、やりたがっている人たちに、それダメだ、あれだめだ、と言っても反感を持たれるだけだとも知っている。だからこその、思ったようにやりなさい、やってダメなら次の馬、その馬の屍を越えて行きなさい、という方針でやっているのだと思います。
ですが、それはあまりにも痛すぎるレッスンです。
が、間違いなく、痛すぎる方が、成功よりも強く人の心に訴えるのです。
この馬はレッスン馬に戻りましたが、昔の愛されるような馬に戻ることはありませんでした。その馬で競技に出ていた人が、一生懸命、なんとかしようと手をかけましたが、その人さえ蹴るような有様でした。
多くの人が乗っているレッスン馬がおかしくなっても、誰も自分のせいだとは思わず、あの人が悪い、この人が悪いと、なんぼでも言えます。
しかし、わずか2ヶ月間とはいえ、自分の馬として持ってしまえば、自分の扱い方がどんな影響を馬に及ぼすか、明らかになってしまうのです。
この事実は、自分の馬を持っている人たちに常に重たくのしかかります。その重さに耐えきれず、苦痛に苛まれて馬を手放してしまう人も多いのです。
そして、やはり壊れてしまった馬は出ていく運命でした。
いかにして馬が精神崩壊していくかの過程を、多くの人に見せしめて。
それは、私があーこで証明したい、人々の心に少しでも残したいと思っていたことを、強烈な大きな傷として、その馬を愛した人たちの胸に深く刻んだのでした。
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