どっちが偉いか決めたがる

 私は、シェルよりもあーこに厳しく当たっていました。

 それは、シェルの方が可愛いから……ではありません。シェルの方を立てる必要があったのは、先に述べた通りですが、シェルとあーこの性格の違いによるものです。


 シェルは、自分が可愛がられるために努力する馬で、それによって生きながらえるんだ、と思っている部分があるようです。

 きっと、母馬から、人に可愛がられることが生きる道と教わってきたような、媚び媚びな性格なのです。

 そのため、自分が偉ぶるなんてとんでもなく、いつも、へこへこしつつ、上手に立ち回って、なんとか自分の良い方向に人を持っていこうとします。

 競走馬としては、かなり安馬だったシェルは、なんとか愛されないと生き残れないとでも知っていたような風で、私と出会ったこと自体、これを逃したら命がない、みたいな切羽詰まった感じがありました。

 なので、私としては、扱いの楽な馬でした。

 お前は可愛いよ、大事だよーと言っていれば、割といい関係が作れる馬だったからです。

 おやつをくれる人がたまにくれないと威嚇してくる、などという豹変はありますが、根本的には人よりも偉くなろうとは思っていません。


 あーこは、シェルに比べると遥かに良血で期待された馬らしく、しかも、あまり体質が丈夫でなかったことから、かなり大事に扱われていたのではないでしょうか? シェルのように人に媚びへつらうような態度はありません。

 そして、どっちが偉いのか決めたがる馬のようです。

 自分の方が偉いと思ったら、何がなんでも従え、で、自分の方が下と思ったら、ははぁ! とかしずくところがあります。侍のような一途さで従いますが、時々、下克上を狙っていて、もしかして、オイラの方が偉い? などと思うと、立場が逆転してしまいます。

 これは、あーこの気質で、馬に対しても人間に対しても一緒。

 なので、あーこには、私も威張って見せて、オイラの方が偉いかも? などと、思わせないようにしているのです。

 共同馬主になってくれたFさんが、一時期苦労したのも、あーこのこういった気質のせいです。


 レッスン馬時代、一時、あーこは他の馬と一緒に昼夜放牧されていたことがありました。

 柵の一角に乾草ロールが置いてあり、好きな時に食べられるようになっています。様子を見ていると、あーこはそれを独り占めしていて、もう1頭の馬が近寄ると威嚇し、追い払っていました。その馬は、あーこから2、3m離れたところで、物欲しそうに、じっと眺めているだけでした。

 かわいそうだなぁ……と思い、乾草ロールから一掴み乾草をとり、放牧場の反対側に置きました。すると、その馬はすぐに気がついてやってきて、私のおいた乾草を食べ始め、めでたしめでたし、と思ったら。

 なんと、あーこがやってきて、その馬を追い払い、その乾草を食べるのです。追い払われた馬が、乾草ロールの方へ行くと、今度は再び乾草ロールの方に行って、追い払う。

 つまり、ここの乾草、全部、オイラんだからな、お前、食うな! ということでしょうか?

 もう1頭の馬は、何度か追い払われた後、あーこが納得して乾草から離れるまで、食べることを許されませんでした。


 あーこが意地悪な馬なのでしょうか?

 それとも、これが馬の上下関係のルールなのでしょうか?


 馬が大好きな人たちは、馬におやつをあげたがります。

 あーこが今いる牧場では、放牧場で馬におやつをあげないよう、あちらこちらに注意書きが貼ってあります。

 馬への善意の贈り物のつもりでも、馬には群れの厳しい掟があり、弱い馬が強い馬を差し置いて食べることは許されません。

 どうしても、当たっていない馬に、ついついあげたくなって、強い馬を追い払ってあげたりしてしまいますよね。でも、それはあまり望ましいことではないようです。人間の世界でもありがちですが、いじめの元となってしまう。

 不必要な喧嘩の元となり、馬が大怪我をするような大きな事故の引き金にもなりかねません。

 

 あーこは、上下関係にうるさい馬なのでしょう。

 時々、放牧場で「あのー、そろそろいただいてもいいでしょうか?」と、様子見する馬を見かけますが、あーこの場合、負けてしまうと、その馬が許可するまで、近寄りもせず、じっと待っているようです。

 もっとも、あーこは強いみたいで、他の馬にじっと待たせる方のようです。

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