ツンデレで一途な侍気質

 あーこを一言で言い表すと、出会った頃に流行っていた「ツンデレ」が一番ぴったりきます。

 人が撫でようとすると耳を伏せたりして可愛くないのですが、自分からはよくデレデレと寄ってくるのです。

 そして、私が動き回っているのをじっと見ているかと思うと、時々、ぼぼぼ……と鼻を鳴らして、呼んだりもします。

 シェルは、もっぱらボディランゲージで自分のいいたいことを伝えますが、あーこは、まるで言語がわかっているかのように、ぶぶぶ、ぼぼぼ、ぶぶぶ、ぼぼぼ、とその抑揚で自分の気持ちを伝えようとします。


 なぜか、一途に思われているな……という気持ちが伝わってくるのですが、上下関係にうるさい馬なので、シェルとの確執もひどいものでした。

 なので、シェルのメンタルケアも必要になり、あーこには、常に「お前は二番!」と教える羽目になりました。あーこにとっては、屈辱だったと思いますが、まこさんやFさんの存在で助かりました。

 それでも、シェルとあーこを隣の洗い場に繋ぐのは、しばらくの間、危険すぎて出来ませんでした。

 体はシェルの方が大きいのですが、性格的に、負けるのはシェルの方だと思ったので、常にシェルを立てて、あーこを下に扱う日々です。



 ある日、私はシェルの馬房の掃除をしていました。

 その日は人が少なく、丸馬場も空いていました。あーこの馬房も続けて掃除するつもりで、奥にある小さな丸馬場に、あーこを放牧ました。

 他にも馬が見える場所で、決して寂しい場所でもなく、あーこも慣れた場所でしたが、掃除に向かう私の背中に、ぶぶぶ、ぼぼぼ……という声が響いてきました。

 何か言いたいことがあったようです。


 さて、掃除も終わり、ボロを捨てにいきましょうか、と通路に出ると、あれ? 目の前に黒っぽい馬がいます。

 明るい場所から暗い厩舎に入ったせいでよく見えず、私はその馬が、以前シェルの向かいにいた馬かと勘違いしました。かろうじて見える鼻の白い部分が似ていたからです。

 ここには昼夜放牧の馬もいますし、時々、狭い馬房から脱走する馬もいる、でも、奥まった厩舎の狭い通路を通ってこんな奥まで来るのは、かつてここにいたことがある馬くらいだろう、と思ったのです。

 でも、確か、その馬はもう出されてしまったはず……と思い、とりあえず、近くの無口をその馬にかけて、バックバック、と後退させました。ここの通路はとても狭く、馬が回転できるゆとりがなかったのです。

 普通は、引き手を使ってバックすることはそうそう簡単ではないのですが、その馬は実に簡単に、素直にバックしてくれました。

 私は、シェルやあーこには、バックを教えているので出来ますが、他の馬でも同じことが通用するのか、と驚き、なんか、あーこに似ている馬だなぁ……と思いました。

 そして、空いている馬房の中に入れて、回転させて、やっと明るいところで顔を見て、ややや! あーこではないですかっ! とやっと気がつきました。

 なんと、丸馬場の馬栓棒を外して、乗り越えて、ここまできたのです。

 似ているなぁ、とは思いましたが、まさか、私自身の手できっちり閉めたはずの丸馬場から、ここまで脱走してくるとは思いませんでしたから、あーこであるはずがないと、頭から思い込んでいたのです。


 私の馬に関する知識を総動員しても、これは少し信じがたいことでした。

 馬が放牧されている場所から逃げ出すことは、時々、あることはあります。しっかり閉めてあっても、上手に留め金を外したり、馬栓棒を外したり、中には埒を飛び越えたりして、逃げるのです。

 でも、たいていの馬は、よほど怖いことがあって逃げ出したか、草を食べたくて逃げ出すか、仲間のところへ行きたいか……です。

 明るい放牧場を抜け出して、暗い厩舎の奥、しかも、入ったことのない場所に来るなんて、考えられなかったのです。

 確かにあーこの馬房はこの厩舎ですが一番手前、そしてシェルの馬房は一番奥、あーこが入ったことのない空間です。未知の場所なのです。

 あーこは薄暗い通路から、私がせっせとシェルの馬房掃除している姿を見ていたのでした。


 このことがあり、私は、あーこをシェルの隣の馬房に引っ越しさせました。

 たまたまそこが空いたのですが、諸事情で引っ越すことを躊躇っていたのです。

 そこにあーこを引っ越すことができれば、シェルの馬房と同じようにパドック(庭)付きで、馬房掃除の際に、わざわざどこかへ繋いだり放牧したりの手間をかけずに済みます。でも、シェルと顔を合わせてしまう、お大喧嘩になってしまうかも? と心配していたのです。


 あーこはここに引っ越したいのか?

 シェルと同じになりたいのか?


 あーこの引っ越しは、いい方向に転びました。

 あーこ自身、パドック付きになったことで、随分と精神状態が良くなりました。それと、シェルともだいぶ仲良くなって、隣に繋いでも問題なくなりました。

 シェルは、本当は遊びたい馬だったのですが、以前いた馬にちょっかいかけたがっていて、その馬のオーナーさんに嫌がられてしまい、バーを1本入れて馬同士の鼻先が届かないようにしていました。

 あーこが入った時も、そのバーをそのままにしていたのですが、3週間ほど経ってから撤去しました。


 シェルとあーこは時々遊ぶようにもなりました。

 シェルにとっても、良い結果が生まれました。


 シェルとあーこは、決して仲良しではないと思いますが、全く仲間がいないよりは、どうやらマシだったようです。

 あーこは、シェルよりも上を狙うのを諦めて、同等か下を受け入れたのだろうと思います。

 その後、クラブ側の考えでパドックに工事が入り、2頭は遊べなくなってしまいましたが、シェルはしばらくの間、ストレスを溜めてしまい、あーこはもう片方の馬と遊びすぎて怪我をしてしまいました。

 新しい環境にも徐々に慣れてはきましたが、怪我しない程度に馬同士が遊べることも、大事なことかと思いました。

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