引っ越し先は?

 10月までに新しいクラブに移らないと……という焦りがあり、色々探し、実際に行ってみたりもしましたが、条件がなかなかあいませんでした。

 クラブを引越しても、金銭的にはさほど変わりないランニングコスト、しかも、通うには大変になってしまう、私の場合、車も買わなくちゃならない、となれば、引越した方が長い目で見てもお金がかかるでしょう? となってしまいます。

 多くの人が、値上げに不満でも結局受け入れたのは、そのせいもあるのだと思います。


 しかし、物事、お金だけの問題じゃありません。

 根はケチで貧乏性の私ですが、必要な時はしっかり使う、使って初めて価値が出るものがお金でもあるからです。

 ……とはいえ、それがないのでは始まりません。


 元々、あーこを一人では持てないと思っていた私は、クラブとの半自馬という形も考えました。

 私が乗る日もあるけれど、クラブのレッスン馬として使っていただいても構わない、いわば、私が共同馬主としてやろうとしていたことを、クラブとやろうというわけです。

 しかし、ちまたで半自馬は「クラブとのトラブルの元」と言われていて、成功例が少なく、条件を詰めるのは大変でした。

 買い取ったあーこをクラブに寄贈する形にもなりかねず、口先で大事に扱いますよ、と言われても、お付き合いのないクラブにそこまでの信頼も置けないですし、そもそもクラブ側も、あーこにそれだけの価値があるかもわからないのです。


 シェルは、元々私が乗馬を再開した時に通っていたクラブに引っ越すことになりました。

 何度か講習会で連れてきていることもあり、不思議なことに、私はいつかシェルを連れてこのクラブに出戻るんじゃないだろうか? という漠然とした予感がしていました。それが本当になるとは思っていませんでしたが。

 何度も、シェルを連れてクラブを出ていこうと思った時、真っ先に浮かんだのもこのクラブでした。自馬を持つために離れたクラブに、自馬を連れて帰るのも悪くはないな、と思っていました。

 ただ、私がいた時と経営者が変わり、以前のクラブとは違うよ、という情報もあり、踏み切れないでズルズルときて、しかも、あーこを持ったことで、以降は考えもしなくなっていました。


 ちょうど1つだけ馬房が空いている、とのことでした。

 しかし、このクラブに2頭預けることはできません。馬房の空きは1頭分なのもありましたが、ここの預託料は、今いるクラブが値上げした金額と同じ、つまり、経済的には何のメリットもないのです。

 小さな空きスペースがあり、そこに馬が入っていたことを知っている私は、何とかそこにでもいいから、入れて欲しいと頼みました。でも、そこは、馬装用のスペースとして、会員の皆さんが使っているから無理だ、と断られました。

 それでも、私が2頭分、きっちりと預託料を払えれば何とかしてもらえそうでしたが、どうひっくり返っても無理です。


 これは、私の考え過ぎかもしれませんが、あーこが競技会に行けていたら、また少し違ったかも知れません。

 シェルは、競技会に何度も行っていて、ブルーリボンを2つ持っていました。なので、クラブ側もシェルをよく知っていたのです。

 でも、あーこに関しては「ローレルアウェイク? 聞いたことがありません」と言われてしまい、いい馬ですよ、と言っても「そうなんですか、へぇ」という感じでした。

 もしも、競技会にA2で出た馬です、という実績があったら、また少し話は変わっていたかも知れません。

 今から思うと、やはり新しいクラブで、あーこを自分の管理下に置きつつ、お客さんをとって、その分を預託料の足しにしてもらう、という話は、あーこの体質上、頓挫して、揉め事の種になってしまったかも知れません。

 だから、よかったのかも知れませんが……それでも、自分の体力的な負担と、ここなら車がなくても何とかなった、ということと、後々あーこを入れることになった牧場への距離と交通費を考えれば、2頭を自分の馬としてここでもよかったのかも知れない、と思わないこともありません。



 こうして、シェルの行き先は決まりましたが、あーこの行き先は相変わらず悩みの種でした。

 私は、ついに遠方へ目を向けざるを得なくなりました。

 まだまだあーこの乗馬としての目を潰したくない私は、ホーストラストも考えましたが、踏み切れませんでした。

 あーこがじっくり休養できて、しかも、乗馬としても邁進できる場所、そして、通えそうにないよなぁ、と思いつつ、かつて友人が馬を預けていた白老の牧場へと足を伸ばすことにしました。


 ホースフレンドファームは、元々馬術家だったオーナーが、自分の馬の余生を幸せに過ごさせたいと考え、一念発起で、ご夫婦で北海道に移住して開いた牧場です。

 今は代替わりしていますが、そのコンセプトは引き継がれていて、養老牧場と乗馬クラブの2つの顔を持っています。

 この頃、まだ車を買っていなかった私は、この環境はあーこにいいな、と思いつつ、ここにあーこを入れてしまえば、半分引退させたとも同じ、私は通えないだろう、という諦めにも似た気持ちがありました。

 JRで来ると、交通費だけで6千円ほどかかりますし、その後もクラブの人に駅まで迎えにきてもらうか、徒歩で1時間か、タクシーしかないからです。

 預託料は、クラブの値上げ前の金額と同じでも、交通費を考えれば、行けば行くほど、割高になってしまいます。

 それならば、何とかお願いして、しっかり2頭分の預託料をお支払いして、シェルを入れる予定のクラブに置いてもらった方が、経済的にも私の体力的負担も軽くなるのでは? とも思い、悩みました。


 なかなか踏み切れない私でしたが、ふと、ホワイトボードに懐かしい友人の名前を見て、あれ? と思いました。

 ここ数年、ご無沙汰していたのですが、馬の調子が良くないことは、風の噂で知っていました。その人が、馬をこちらに連れてくる、というのです。

 その人が、一度預けていた馬を、再び預けるというのですから、これは間違いないだろう、と覚悟を決めました。

 決断するまでは、ウジウジと考え込む私ですが、決断すると、意外と早くパッパパッパと物事を進めてしまいます。

 その日のうちに、あーこをここに移すことを決め、しかも、その人が馬を移動させるのなら、一緒にしたら、馬運車も何回も手配する必要はない、とのことで、一気に移動の日まで決めてしまったのです。


 あれよ、あれよ、の展開で、あーこの引越先が決まったのでした。

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