ロバ売りの親子

 2頭の引っ越しが終わり、私はしばらくの間、呆けて気が抜けていました。いや、これからが本番でしょう? というところで、やり終えた感いっぱいになってしまったのと……。

 長年、2頭の馬房掃除をこなし、何から何までやってきたのに、新しいクラブの至れり尽くせりのホスピタリティのおかげで、あ、これもお願いしていいのか、あ、あれもやらなくていいのか、それもいいのか……になって、一気に肩の荷が降りてしまったのでした。


 そもそも、あーこのところへはそう簡単には行けない距離になりましたので、毎日行くわけにはいかず、週1回、2回行ければいいところ、最近は、3回を目指してはいますけれど、ちょっと厳しいです。

 自ずとファーム側に何もかもお願いすることになってしまいます。

 シェルのところへは近いので毎日のように行けますが、馬房掃除だけでなく、お手入れもほとんどしてくれているので、それでも自分でやろうと思っていた気持ちも、ふにゃふにゃと消えていきました。

 シェルが故障中であまり乗れないのと、あーこのところへ行ったり動画を作ったりの疲れもあって、毎日行かなくてもいいかな? になってきました。


 引っ越しの後、シェルは少し精神的にゆとりがなくなって、なかなか悪さしたりもして、ちょっと躾がなっていないようで恥ずかしい思いをしました。

 あれ? シェルってこんな馬だったか? と思うことが何度かあり、今まで培ってきた絆への自信が崩れ去りそうにもなりました。

 ……が、それも、私の心を読んでのことかも知れません。

 私のモチベーションが下がってしまっていることに、シェルは敏感なのです。

 以前も、東日本大震災の時に、気持ちが乗馬どころではないぞ、と感じていた時があり、それもシェルに読まれてしまいました。

 さらに環境の変化が、シェルをイライラさせていました。

 今まで、パドック(庭)つきの部屋で自由に外で遊べた馬が、狭い馬房に入れられて大半を過ごしているのですから、その分、散歩をさせたりするべきでした。

 故障で運動することに自信がなくなっているのも、シェルを不安にさせているのだと思います。

 最近、やっと故障が良くなってきて、運動も嫌がらなくなってきて、昔のシェルの精神状態に戻りつつあります。



 引っ越して面白いのは、ところかわれば常識も変わる、ということでしょうか?

 シェルは、馬着ストレスもあり、以前のクラブでは馬着を着せない派の人も多かったので、できるだけ着せない方向でやってきました。馬房が寒いので、全く着せなかった訳ではなく、夜は着せていましたが。

 ところが、新しいクラブでは、冬はもちろん、常に馬着を着せていたりする馬もいて、シェルのように日中脱がしている馬は珍しかったのです。

「シェルちゃん、馬着も当たらないの? かわいそうに」

 という人がいて、え??? でした。

 その人にとって、馬着を着ていない馬は不幸なのかも知れません。

 あーこのところでは、食事と運動の時間をとても気にしていて、運動後、さて、食事をさせようか? と思ったら、スタッフが慌てて飛んできて「運動後、すぐに食べさせてはいけません! 疝痛になります!」と言われました。

 すでにパクパクタイムもとって戻ってきているんですが……。

 確かに食べてすぐの運動や、運動後すぐの食事は、あまり良さそうには思いません。でも、乗馬クラブにいると、レッスンがある関係でそこまで待たないところが多く、ちょっと新鮮に感じたのでした。


 一体何が正しいのやら?


 馬をケアしていると、時々、悩ましいことにぶち当たります。

 あるところでは常識も、別のところでは非常識だったり、馬に対する考え方の違いから、全く正反対のことをするところもあったりします。また、長年正しいと思われていたことが、徐々に疑問視されてくることもあります。


 私は、シェルをはだしにしたかったのですが、10年前にお世話になっていた装蹄師さんは「サラブレッドは蹄鉄が必要、外すのは虐待」と考えていた人だったので、2年間も説得する羽目になり、やっと冬の間だけ外すことになりました。

 ところが、外した翌日から歩けなくなり、1ヶ月も休ませることに。その後は順調でしたが、春になって雪が溶けると、たった3日でまた歩けなくなりました。

 ほら見たことか、と言わんばかり。再び蹄鉄をつけての日々になりました。

 確かに、10年ほど前までは、蹄鉄を打たないことの方が馬がかわいそうだ、という考え方が、主流だったように思います。でも、今は、徐々に蹄鉄をやめていこう、という考えも、かなり浸透してきているように感じます。


 ホーストラストのように馬房もなく、放牧生活がいい、と思う人もいれば、家にも入れない馬はかわいそう、と思う人もいます。

 馬着を着せてもらえない、蹄鉄も打ってもらえない、そんな馬はかわいそうだ、と思う人もいます。でも、真逆に、いらない服を着せられて、蹄に釘で鉄を打ちつけられて……かわいそう、と思う人もいるのです。

 シェルの歯が悪いので、ハミがかわいそうだと思い、ハミなし頭絡を試したこともあります。ハミなしで乗るのは他の人が不安がるので……と言われたこともあります。

 使えなくはなかったのですが、ハミなし当落の場合、口ではなく頬や鼻などに圧をかけてコントロールするので、余計に歯に響くようだったのでやめました。


 Fさんに色々アドバイスする人たちのことを書きましたが、まだ自馬オーナーとしての経験の浅い時代に、私にも色々自分の信念を語り、アドバイスをくれる人たちがいました。

 そして、やはり、アドバイスはありがたいのですが、人それぞれに自分の魂の色に従って良し悪しを語るので、私自身が揺らぐことも多々ありました。

 こうすべきだ、と教えてくれたことをやらないのは、アドバイスを無下にすることに思えて、申し訳ないと思う気持ちもあり、悩むこともありました。

 そんな時、私はイソップ物語の中にある「ロバ売りの親子」の話を思い出しました。


 ロバを売ろうと市場に向かっていた親子が、道すがら色々な人のアドバイスを素直に聞き入れて行動した結果、ロバを失ってしまう、という話。

 人のアドバイスを受けても自分で考えて判断しないことには全てを失ってしまう。

 常識と思われていることを疑い、信じていることを疑い、もう一度、自分で確かめて判断し、再び信じる。

 試行錯誤の繰り返しで、正しさを見極める。

 時として、疑うことは自分の自信をなくすことでもあるけれど、自ら確かめたことには、もっと確固とした信念を持つことができる。

 

 自分の馬と向き合う時、決してロバ売り親子にはならないぞ、と決めています。

 どんなありがたいアドバイスも、どんな立派なライダーの言葉でも、鵜呑みにする前に考えること、失礼だとか無視したとか、そんなことは気にしないで、馬のことだけを考えることを心がけるようにしてきました。

 その結果、私のいうこと、やることは、全く違っているでしょう? と思う人もいるかも知れません。

 でも、それこそが私の魂の色、自分の信念に基づいた馬の扱い方で、私の中では正しい道なのです。あくまでも、私の中では。


 一体何が正しいのやら?


 わからないことはいっぱいあります。

 でも、やれることはできるだけ自分で検証して行って、一番、シェルやあーこにあっていることを、選んであげようと思います。

 そして、他の人たちの参考になるように、できるだけ記録したいと思っています。

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