人で悩むな、馬で悩め!

 私は、シェルとあーこを買い取って、長年お世話になったクラブを飛び出しました。

 自分でも、よくもまぁこんなことをしたもんだ、と思いましたが、周りもそう思ったことでしょう。

 喧嘩別れをして飛び出したわけではありませんが、お互い気持ちのいいものではなく、そのうち、遊びに行こうかな? とは思っていますが、今はまだ気まずい感じがしています。


 どのようなクラブも、自分の思い描いた通りのことをしてくれるわけではなく、何事にも完璧は求められるものではありません。

 どこかで妥協点を見つけて、耐えるところは耐えて、上手に渡っていかなければならないのでしょう。

 多くの人たちは、値上げに不満を抱えながらも、それを呑んでクラブに残ることを選んだ、それもまた正しい道なのだと思います。

 私には、その道を選べなかった、これが私という人間なのでしょう。


 でも、私は嫌われたに違いない。

 クラブをポーンと飛び出した、きっと問題児なんだろう、と思われたかも知れません。馬の世界は狭いので、どこに行っても面倒臭い人だな、という評判は付きまとうかも知れません。

 私も、私が会ったことのない、顔も知らない人の噂は、度々耳にすることもあり、この世界の狭さを感じることがあります。

 人付き合いの苦手な私は、嫌われるくらいなら目立たないようにしていよう、人とは繋がらないようにしておこう、モブキャラでいよう、というスタンスでした。

 それがこんなに目立つ行動をすることになろうとは。

 さらにYouTubeでこのように配信することになってしまい、今や、私は見知らぬ人に自らの手で自分の裸を曝け出したようなものです。

 もはや、この世界で、誰も知らない名も無いライダーという顔では生きていけないのかも知れません。


 子供の頃、弁論大会というものがありました。

「私の主張」というテーマで、大勢の人前で、舞台の上から語りかけるのです。

 クラスで代表を何人か選ぶのですが、皆、嫌がって、私に役が回ってきてしまいました。

 ドキドキして足が震えます、声も震えます。その時に友人がくれたアドバイスが……と言っても、その人が私に押し付けたんですが……全ての人をカボチャと思え、カボチャに向かって話しているんだと思え、でした。

 そして、それが功を奏して、緊張がおさまり、なんとか、やり遂げることができました。

 今のYouTubeでの配信も、その時となんら変わりません。

 ネットの先に人がいる、と思えば、配信に足がすくむ思いですが、その人たちがカボチャの頭が並んでいるんだ、モブキャラなんだ、と思えば、自分の気持ちを素直に表現できます。

 ところが、一つ、その人たちにもそれぞれに魂がある、カボチャではないんだ、と認識した途端、自分がどう受け止められるのだろう? と、ものすごく怖くなってしまうのです。

 相手も同じ人間で、それぞれの思いがあり、感じることも自分の思惑とは違うだろう、相手を傷つけてしまう可能性もあるのだろう、と。

 むしろ、その怖さこそが大事で、その怖さと戦いつつも、自分を曲げずに表現していかなければならないのだな、と思っています。

 ところが実際、ネットで見ました! という人に出会うと、あらためて現実を感じます。嬉しい反面、カボチャに向かって配信しているわけじゃないんだ、気をつけなければ……と、引き締まる思いです。


 私は度々乗馬の世界で人との付き合いで悩んできました。

 自分の馬を持つためにクラブを変えた時も、何もなかったわけではありません。色々と落ち込むことがあり、人とのことで悩み、それで自分の馬を持つ決断に至ったのです。

 長い間、自分の馬を持つことに反対してきた夫が、自分の馬を持つことを後押ししてくれました。

 その時に言われた言葉が、私の行動の指針になりました。


 人で悩むな、馬で悩め!


 高いお金を出して趣味の乗馬を続けている、なのに、その馬を巡って人と揉めてくよくよ悩むのは馬鹿馬鹿しい。

 人で悩むために乗馬をしているわけじゃないんだろう?

 どうせくよくよ悩むなら、人で悩むな、馬で悩め!

 馬が上手に乗れないとか、いうことを聞かないとか、故障してしまったとか……そういうことで悩むのが、趣味の悩みというものだろう?

 そういう悩みが、馬を扱う人の本来の悩みじゃないのか?


 私は頭を殴られたような衝撃を受け、以来、この言葉を大切にしてきています。

 あーこを持つ時も、共有馬主としてやってきた日々も、2頭を買ってクラブを去る時も、決して他の人たちと全てうまく丸くやってきたわけではなく、自分の中で押さえ込まなければならない感情というものがありました。

 でも、それは人間関係の悩み、そんなことで悩んでいては、自分の馬を守れないだろう、なんとかしなければ……という一心で乗り越えてきました。

 私がやらなければならないことは、他人によく思われることではなく、馬を守ること。馬を守るためにやらなければならないこと、それが巡って人となんとか折り合うこと、あくまでも自分らしく。


 馬を買い取ってクラブを出て行ったこと。

 第3者は、何か揉め事があって飛び出したんだな、問題児かもな? と思われるかも知れません。中には嫌なことを言う人や無視する人がいるかも知れません。

 私も、そういう評判は恐れる気持ちがあり、世間の声がどういうのだろうと、不安が尽きることはありません。

 人間は、人の間で生きる動物ですから、評判なしでは孤独で生きるのが耐え難い、自分の良い情報が拡散される方がいいに決まっていて、悪い情報は隠したいものです。

 ですが、胸を張って言えることがあります。

 私の行動に疑問を投げかける人がいたとしても、よく思わない人が一部にいたとしても。

 私は、馬のことを第一優先にして行動した、他人が思うところは二の次だと。



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