蘇る夢

 私は、あーこをA2の鬼にしようと思っていました。

 競技会で安定してこの課目をこなせれば、かなり重宝する馬になる、と考えたからです。しかし、ことごとくうまくいきませんでした。

 もう少し、というところで、スランプになったり、故障したりで、他の人たちにあーこの実力を見せることができずにいました。

 クラブを引っ越し、私の馬となった今は、もう競技を目指すつもりもありませんが、それでも、A2はしっかり踏める馬にしたい、という希望はあります。

 でも、新しいファームでは、それよりもちょっとした外乗や初心者にも乗せられる馬を目指した方が良さげに感じていました。

 応援してくださる人たちが、あーこに会いに来た時に、乗せることができたら、とも思います。


 あーこは、実際にまこさんを乗せてプチ外乗できる優秀さを見せました。

 サラブレッドの中には、どうしても外を怖がって外乗が厳しい馬というものがいます。でも、あーこは持ち前の賢さで問題ありません。

 ただ、ここのファームには鹿がたくさんいて、突然走り出したりすると、びっくりして跳ねてしまうこともあります。馬なら当然ですが、あーこの場合、動きにキレがあるので、初心者では落ちてしまうかも知れません。

 優秀なレッスン馬ですが、鈍重な馬ではなく、むしろキレがあって反応の良い馬なので、初心者よりも中級者向きかも知れません。

 となれば、やはり、しっかり馬場の基礎はできる馬にしておきたいと思うのです。


 あーこは、引っ越し先でも色々とあり、最近は蹄が削れすぎて運動を嫌がるようになりました。

 以前よりも放牧時間が長くなったこともあり、摩耗しやすいのでしょう。

 蹄鉄を打つとトラブルを起こしやすいので、靴を履かせることにしました。すると、再び運動できるようになりました。

 相変わらず色々と気を遣わないと、順調には使えない馬ではありますが、原因があって問題が生じる、その問題を解決できる限り、あーこは大丈夫です。

 上手に乗れる人に乗ってもらうと、素晴らしい速歩を見せてくれます。

 乗ることが上手ではない私には、なかなか実感できなかったことですが、あーこは確実に良くなってきていて、乗馬としての再生が進んでいると感激したのでした。

 この速歩を生かさないのは、なんだか才能を潰してしまうようで、勿体無いような気がしてきました。

 私の中に、再びチャンスがあれば、競技を目指すのもありかも? と思えてきました。


 生きて無事に幸せにやっているならそれでいいじゃない、何も無理をさせて、故障するかも知れない危険を犯して、鍛える必要はないじゃない、と思われる人もいるかと思います。

 確かに、故障しては元も子もない、無理をさせるつもりはありません。

 でも、馬も栄誉を知っている、人に素晴らしい馬だと評価されることを望んでいる、これは本当のことです。

 あーこが競技に出たいかどうかと言えば、確かに望んでいないかも知れませんが、出ていい演技ができれば、あーこも喜ぶでしょう。

 どうしてそう言えるかと言えば、シェルがそうだったからです。


 そして、何よりも思うところは……。

 競技に出て成績を残せば、情に流されてかわいそうな馬を救った……というわけではないことが証明できる、それは、私にとってとても大事なことだからです。


 あーこという素質馬を、使い捨ててしまう今の現状。

 あーこがダメになりかけた時、周りの人たちが極悪非道だったわけではありません。多くの人にとって、当たり前のことをしていた、それが当たり前で、ダメになったのはあーこがダメな馬だったからだ、ということになっています。

 私目線で、そんなことをしたら、馬が潰れてしまう! と思われるようなことを平気でしてしまう、それを指摘することすら自分の馬でなければ口出し無用です。

 それが、乗馬の世界ではまだまだ当たり前で、多くの人たちはそれが常識で、何も考えず、ただただその常識を信じて乗馬を続けています。

 多くの心優しい馬たちが、過酷な状況下で精神を病み、不幸になり、不幸だということも気がついてもらえず、使い捨てられていく。それをどうすることもできず、ただ歯噛みして見送る日々。

 誰もが、幸せな馬とはどんな馬なのか? ということを、よく考えて行動すれば……多くの人が真に馬を労って乗馬をする環境になれば……と思い続けてきました。

 人それぞれの都合もあり、なかなか現実にはならない事情もあり、仕方がないと思いつつ、なぜ気が付いてくれないのだろう? 馬が大好きと口では言うのに目はつぶってしまうのだろうと、思い続けてきたのです。


 馬の一生は人次第。

 しっかりケアすれば、その素質を再び開花させられるのだ、ということを、多くの人に見せたい、大切に馬を扱えば馬も応えてくれるということを証明したい。

 あーこはダメ馬じゃない、こんなに素晴らしい馬だったんだよ! と、声を大にして叫びたい。

 あーこを引き取った時の怒りは、まだまだ収まったわけではなく、これからもずっと怒り続けていくのです。

 ただ崩れかけたかわいそうな馬を救った馬大好きおばさんの美談……だけで終わってしまっては、私の夢は半分しか叶いません。

 あーこは、私の思想を実現する馬、私のプロパガンダ、主義主張、私の魂なのです。

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