初めてあーこに乗る

 2015年6月11日、私はあーこに初めて乗りました。

 実は、競走馬を引退したばかりの時に、一度、あーこはこのクラブに来ましたが、ある人の自馬になり、ホーストラストに移動しました。

 その時、馬運車に乗る姿を、私は見送っています。

 障害競技で活躍していたその人は、もう年だから後は楽しく大人しい馬に乗りたい、と言って、あーこを選んだ、と聞いています。

 だから、私は「ああ、あの馬は大人しい馬なんだ」という印象でした。

 その人が仕事で転勤になった時、連れていくかどうか悩んで、結局、置いていった、その後、クラブに戻ってきた、という話でした。


 クラブとの関係は最悪、しかも、シェルは故障中。

 その頃、他の会員さんが、なぜか、調教中の馬に試し乗りさせてもらうことが多く、自分の馬が故障中の人はもちろん、馬を持っていない人ですら声をかけられていました。

 乗りたいと言えば乗せますよ、と言っていたので、多分無理だと思いつつ、試しに私にも乗せてくださいと頼んだところ。

「スタッフに言ってレッスン馬に乗ってください」


 やっぱりね。


 他の人たちは競技用に調教中の馬にサービスで乗せますが、あなたは、きちんとお金を払ってレッスン馬に乗ってください、という返答。

 おそらく自分が作っている馬がどのくらいのものか確認したく人を乗せていたけれど、私には極力馬に触れてほしくない、関わってほしくない、という気持ちが、前面に出た結果なのだと思います。

 実は、その後、いつも乗せてもらっていた会員さんが、流石におかしいと思ったのか、私にも乗せてあげたら? と提案をしてくれたようで、一度だけ調教中の馬に乗せてもらえました。

 その馬は、私の大好きな馬だったので、たった1回の騎乗でも、クラブ側に対する不満、ストレスがかなり緩和して、しばらくは現状に耐えうる力になりました。

 でも、第三者が気になって取り持とうとするほど、私とクラブ側の関係は異常でした。


 正直、他の会員さんとあからさまな差別を感じて、辛すぎました。

 私が「乗りたい」と言ったのは、調教中の馬に乗りたいというよりも、少しでも気を遣って、その気がなくても「じゃあ今度乗ってくださいね」程度のことを言ってもらえたら満足だったのです。蔑ろにされている、と思いたくなかったのです。

 少なくても、毎日乗れないシェルを引き馬で歩かせている時に、これみよがしに他の人にサービス騎乗のような真似をしないでほしい、乗れない状態の馬であっても毎月預託料を払っているのだから、それくらいの気配りはしてほしいと願ってのことでした。

 馬に乗るのが苦手な私が、調教中の馬に乗せろ! なんて言うはずがないと、向こうは思っていたのでしょう。

 びっくりした分、態度はつっけんどんでした。


 他の人たちとの対応の差に屈辱さえ感じながら、私はシェルが故障中の間、レッスン馬をお借りして乗ることにしました。

 しかも、その馬たちが疲れていて、コテコテで……嫌がらせされているのか? と疑いたくなる状況です。

 もうここに私の居場所はないな、これだけあからさまに嫌われてしまったなら、辛いだけだな、楽しくないな、もうシェルを連れて出て行きたい、と切に思いつつ。

 その時に、前述の牝馬にも数回乗りました。

 残念ながら、蹄がボロボロになってしまい、ある日、気がついたらいなくなっていました。

 他のレッスン馬も故障馬が続出している時期でした。私への嫌がらせではなく、本当にコテコテの馬しかいなかったのです。

 時は春、雪解けシーズンに無理をさせたのが祟って故障馬が出てしまい、その埋め合わせに他の馬が使われ過ぎて故障、そしてその埋め合わせで……の悪循環で大変な状況だったのです。

 そして、ついに当たったのがクラブに来たばかり、まだレッスンで数回しか出ていないあーこでした。


 何を考えているのかわからない6歳馬。

 乗り手を怖がっている感じはない、今まで嫌な乗り方をされてはいないのでしょう。

 神経質な感じはしない……今から思えばびっくりな感想です。

 心ここに在らずで、なんでこんなことしなきゃいけなんだ? な雰囲気を醸し出しながらも、割と真面目。

 くにゃくにゃしていて動かすのも大変でしたが、動き出すと乗り心地のいい馬でした。

 しかし、その時のあーこは、放牧生活のせいなのか、ガラガラに痩せていて、蹄はホタテのよう、しかも、左後の蹄叉腐乱がひどい有様でした。

 乗り終わってお手入れの時に、薬をつけたら、かなり痛がっていていました。

 こんな可哀想な状態で、馬に乗らなきゃならないのか、こんなことが続くのか、と少しだけ凹みました。


 レッスン馬に乗るのは、自分の馬ではない気楽さもあります。

 でも、なんかここが痛そうだな、悪そうだな、と思っても、何もできずに、やれ、速歩だ、駈歩だ、と指示通りに命じなければならない、馬の声が聞こえる(……もしかしたら、聞こえる気がするだけかもしれないのですが)私には、とても辛くもありました。

 心の底から、楽しめないのです。

 私には、どうしても、レッスン馬は不幸だ、不幸な馬に乗る自分も不幸だ、という気持ちが拭えないのでした。

 そして、クラブの馬にいちいちケチをつけているだろう、と、明らかに思われてしまう、その繰り返しが今の最悪の関係なんだと思いました。


 もうこのクラブを出ていこう、と思いました。

 でも、もう一つ別の考えが浮かびました。

 シェルが故障中、1ヶ月間だけ、別の馬を占有することです。

 自分の管理下に置いて、自分が望むように乗るという方法です。

 それなら、馬の状態を確認しつつ、レッスンを受けられるし、状態が悪いと思えば休ませることもできます。それで全く乗れなかったとしても、その馬の休養期間にもなるでしょう。

 出されてしまった牝馬のことを思えば、どうしてあの時に、思いついてあげなかったのだろう? と思うばかりです。

 1ヶ月蹄を温存してあげられれば、もしかしたら、なんとかなったかも知れないのに。堂々とサプリを与えて、ケアしてあげられたのに。

 でも、悔やんでも仕方がない。同じ後悔をしないよう、行動しなければ。

 こうして、私は1ヶ月間だけ、あーこを占有することになりました。

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