第3のオーナー

 2019年初頭から2020年4月まで、あーこにもう一人のオーナーが出来ました。仮にFさんとしておきましょう。

 彼女は乗馬を始めて1、2年というところで、その時、馬に乗るのが楽しくてたまらない、大好き! そして、センスもある伸び盛りの人でした。

 彼女もかつての私のように、クラブの馬を見てまわり、顔と名前を一致させられるほどの観察眼で、ついつい馬に手を出してしまっては煙たがられ始めていたようです。

 馬が好きなのにかまえないということでストレスになり、悩んでいたので、思い切って話を持ちかけてみたのでした。

 本人は、キャリアが浅いので心配していましたが、そこは、レンタル自馬の強みで、無理そうならいつでも離れてもいいという条件で、話がまとまりました。


 1年しか持てない、と話していたまこさんですが、それが2年となり、その後は3ヶ月単位で伸びていき……それはありがたいことですが、私は常に「必ずいつかいなくなる人」とわかっているのに、最後までは持てないと宣言している人の意見を共同馬主として尊重することに疲弊していました。

 私は、あーこをA2の鬼にすべく調教していきたい、という希望がありましたが、まこさんの考えでは、経路を回ってさえ来れればいい、鬼にするのはあーこは無理、体がもたない、と思っていたようです。

 私は、オーナーを得るためには競技会で結果を出し、良い馬アピールする必要がある、と訴えたのですが、賛同を得られませんでした。


 やってダメなら仕方がないけれど、やらないでダメならダメでしょう!


 と、言って、あれ? どこかで聞いたセリフ、ああそうだ、私がいつもインストラクターから言われていた言葉だわ、と苦笑いです。

 魂の色が違う、と、たびたびぶつかっていましたが、私もこのクラブに長くいたせいもあり、その色に染まっている部分は染まっていました。

 ただ、やってダメなら次の馬、という考えで言っているのではありません。

 やらずにこのままでいれば、誰もオーナーになってくれない、私やまこさんが手放せば、レッスン馬に戻ってつぶれるだけ、という焦りがあったのです。


 それは、私の敗北を意味します。

 今までやってきたことも、かけてきた時間もお金も、全て水の泡になります。


 まこさんは、もともとこのクラブにいた人ではないので、レッスン馬時代のあーこがつぶれていく様を見ていません。私の話でしか知らないことです。

 なので、あーこが体調さえ戻って、精神的に癒されたら、私たちの役割は終わった、オーナーが見つからないのであればレッスン馬に戻っても構わないのでは? と思っていたようです。

 せっかくここまで大事に扱ってきたのに、無理をしてあーこが体調を崩し、精神的にも病む可能性があるのに、どうしてそんな危険まで犯してまで競技会に出てアピールするのか、納得できないようでした。


 レッスン馬の寿命は約5年。

 あーこには、私たちが手放した後も、大事に扱ってくれる人が必要なのです。

 馬の寿命を全うするまで、幸せに生きてゆくために。


 私はすでにあーこを良い状態にしてクラブにお返しした過去があります。

 同じ失敗を繰り返すつもりはありません。

 馬をクラブに返した後に、やれ、あの人の扱い方が悪いから、ひどいから、大事に扱ってせっかく良くした馬が、こんなになってしまったじゃないか! などと、他人を罵っても何もなりません。

 手放した後、どうなるかわかっていて手放すのは見捨てるのと同じ、被害者顔して他人に責任を転嫁しても、何も報われません。

 あーこに何とか幸せな出会いをさせるために、できることは何でもやらなくてはなりません。

 あーこ自身にも、ここで生き残るために頑張ってもらう必要があるのです。


 かなりのゴリ押しではありましたが、まだ何のセールスポイントもないあーこを、Fさんが持ってくれたことは、本当に幸運でした。

 いつかいなくなるかも知れないけれど、うまく導けばずっとオーナーになってくれるかもしれないFさんは、私にとっては、希望の星となりました。


 最終的に、Fさんは1年半ほどであーこから離れて行き、私は挫折を味わいました。

 しかし、自分の描いた理想に向かって突き進めて、しかも、かなりの手応えも感じていたこの1年半は、私にとって至福の時でした。

 

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