平常心、そして、感情の赴くがまま

 過去の私は、長い間、自分は乗馬には向かない性格だ、と思っていました。

 乗馬を続けるには、馬に負けない勝ち気な性格、強い気持ちが必要で、私にはそこが足りていない、だから、ダメなんだ、と思い続けていました。

 自分を変えなくちゃ! と思い込んでいたのです。


 凹んでばかりの乗馬ライフが、鮮やかに逆転した時。

 それは、自分を自分で認めてあげて、嫌いにならない、好きになることでした。

 私は私、ありのままでいい、と認めて、自分らしく馬と向き合った時に、全ては変わったのです。


 多くの人は、馬に乗っている自分を否定されるのを嫌います。

 ある本によると、それは馬を通して自分自身を反映しているからだ、鏡のようなものだからだ、とありました。なるほどな、と思いました。

 心と体は、ある程度鍛えられます。

 でも、大人になってしまうと、そうそう自分自身を変えることはできません。

 長年積み重ねて形成されたものを、誰か人のアドバイスひとつで変えることができるでしょうか? ああ、自分は間違っていたと反省し、翌日から別人に変われるでしょうか?



 私とまこさんは、最初のうち、二人であーこに乗っていました。

 でも、1ヶ月も過ぎた頃から、私は徐々に、まこさんがきた時は、あーこのことはまこさんに丸投げして、シェルに集中するようになりました。

 

 その頃、私は、あーこで競技に自分で出ようとエントリーもするつもりだったのですが、突然のスランプで駈歩も出なくなり、それを心配したまこさんが下乗りしたり、騎乗を見てくれようとしていたのですが……それをお断りし、クラブのレッスンを受け、結局、無理だということでエントリーを諦めました。

 私を助けたいと思って、あーこを持ったまこさんは、その態度が不服だったかも知れません。でも、おそらくそうしていたら、二人で同じ馬を持つことはできなくなっていたでしょう。


 同じ場所で乗馬を習い始めた私たちですが、別々の乗馬ライフを歩んできて、細かなところで、馬の扱い方が違いました。積み重ねた経験が違ったのです。

 それと、大きくパーソナリティが違いました。

 まこさんは、馬を叱らず、常に穏やかな声で話しかけ、平常心を保って接することを心がけていました。

 おそらく、それが彼女の性格の反映なのです。

 しかし、私は真逆で、感情むき出しで馬と付き合ってきました。どんなに隠そうとしても、全てが顔に出てしまう私には、偽りなく、そっくりそのままで馬と付き合った方がうまく行きました。

 事実、その積み重ねで、シェルとの絆を深めてきました。

 それが、私の性格の反映なのでしょう。

 私とまこさんは、お互いがそれぞれ、自分のパーソナリティに合った馬との付き合い方をマスターしてきたのです。


 でも、私が馬に対して声を荒げたり、声色が頻繁に変わったりするのを、まこさんはあまり快く思っていなかったようです。

 頻繁に、そのような態度で馬に接するのは良くないよ、と注意を受けました。

 常に平常心で馬に接しないといけない、それでは馬に全てを読まれてしまう、馬も不安になってしまう、感情をもっとコントロールしないと、と言われました。

 最初は、そうか、そうか、気をつけないと……と、平常心であーこに接するよう心がけていたのですが、全くうまくいきませんでした。

 そして、ある日、私は、あーこの反応よりもまこさんの反応を気にしている自分に気がついてしまったのです。


 このままでは、自分の自然体であーこと接することができない。

 かといって、共同馬主であるまこさんに、不快な思いをさせるわけにもいかない。自分は今までこの方法で馬と接してきている、私の中ではこれが正しい、と主張したところで、喧嘩になるだけでしょう。

 そこで、私は、まこさんの前ではあーこを構わないことにしたのです。


 この経験は、なかなか上達しないと悩んでいる乗馬初心者にもよくあることと思います。

 馬に乗ると、自分自身があからさまになってしまう、だから、インストラクターに注意されると、とても傷ついてしまう。

 いつの間にか、馬の反応を気にするよりも、インストラクターの反応を気にしてしまい、そこから頭が離れない、結局、馬から学ぶことが一切できなくなってしまう、意外とそういう人が多いんじゃないでしょうか?


 私は、まこさんのように平常心で馬に接することができません。

 そして、まこさんも私のように感情を素直に表に出しては、馬に接することはできないのです。

 馬への接し方が違ったとしても、お互いを認め合い、尊重しあう。

 二人のオーナーを持ってしまったあーこには、二人のパーソナリティを把握して、それぞれ付き合い方を変えてもらうしかありません。

 まぁ、賢い馬なので、なんとかうまくやってくれました。

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