あーこを共有

馬を共有するのは難しい

 恋人を誰かと共有するのが難しいように、愛する馬を誰かと共有するのは、とても難しいことです。

 ましてや、私のように、他人と和するよりも自分の主義主張を貫く、それが出来なければ孤独を選ぶ……をやってしまうような人間は、誰かと馬を共有するなんて、できっこありません。


 共同で馬を持つのは難しいことは知っていました。

 でも、あーこを自分の馬にしてしまったら、試し乗り程度しか他人に乗せることはできず、それでは、よっぽど馬を探している人じゃなければ、この馬を持ちたい! と、なるはずがありません。

 なので、私がかなりの金額を負担することになって、しかも、乗る機会が少なくなってしまったとしても、あーこのオーナーになってくれそうな人がいれば、共有馬主になってもらい様子見する、ということを考えていました。

 ある程度、自分の馬として扱って愛着が湧かない限り、あーこを持ってくれる人は、現れないと思っていたからです。


 しかし、それでも、馬を共有することは、とても難しいことでした。


 まこさんと私は旧知の仲、乗馬センター時代の仲間でした。

 しかし、私は落ちこぼれて馬を離れ、まこさんはその後も馬と関わり合いながらきた、20年ほども間を置いて、再び交流し始めた仲です。

 道産子を所有し、トレッキングの誘導や、観光馬車、子馬のブレイキングなどをやっていました。

 私は、乗馬を始める前に「馬を束縛することなく自由に乗れたら」という夢を抱きましたが、あっけなく夢破れました。いや、馬の自由にさせたら、私、死ぬわ……と思いました。

 でも、まこさんは、まさに「馬を束縛することなく自由に乗る人」だったのです。

 そんな彼女が、見かねて私を助けてくれる、共同馬主になってくれると言い出したのです。

 馬に乗る技量も十分、扱い方も優しい、預託料も半分負担してくれる、となると、願ったり叶ったりでしょう。


 でも、私は最初その話をお断りしました。


 理由は、私が思い描いたあーこの未来に、まこさんは賛同しないだろう、と予測が立ったからです。

 まず、彼女が「馬を束縛することなく自由に乗る」主義だったこと。

 それは、今のクラブの在り方とは180度違っていて、私のようにクラブとぶつかり合うことはないとしても、まこさんがクラブの馬の作り方を受け入れないことは、想像に難くなかったからです。

 そもそも、あーこを持つまでは、このクラブの会員でもありませんでした。

 私は、随分とクラブで悩んでいたことをまこさんに相談していました。それも悪影響を与えていたと思います。

 クラブの方針に従ってあーこを育てる、レッスンを受けて、A2で成績を残せる馬にする、という考えには、なぜ今更? と思うでしょう。

 そもそも、そういう馬場的な束縛が嫌で、彼女は道産子の方に向いていき、自由に伸び伸びと馬に乗ることを見出して、喜びとしたのではないか?

 そんな彼女が自分の馬に、強くハミを使ったり、拍車を使ったり、を喜んでするのだろうか?

 そういう不安が拭い去れなかったのです。

 それでも、もしも、彼女があーこを将来にわたってオーナーとして見てくれるのであれば、問題はありません。しかし、彼女があーこを持つのは、引っ越す関係で1年だけという限定付きでした。

 私が共同馬主を迎えるのは、経済的理由よりもむしろ、その人が将来あーこを持ってくれる可能性がある、というのが前提でした。

 あーこは、まこさんがいなくなった後もこのクラブでワンオーナーを探さなければならない、このクラブのやり方で育った人をオーナーに迎えなければならない。

 それが、お断りした理由です。


 しかし、まこさんは、自分も大きな馬にしばらく乗っていないし、馬場の勉強もしたい、それに、B級ライセンスを取りたいので、一緒に持たせてほしいと言ってきました。

 それで、私も考え直しました。

 どう考えても下手くそな私がA2を踏むよりも、まこさんが踏んでくれた方が、あーこの箔が付く、それに、シェルがあーこにやきもちをやいて倒れてしまう、という事件があり、2頭の折り合いで悩んでいたのです。

 結局、私とまこさんは、一緒にあーこを共有することとなりました。


 しかし、私の予想は的中してしまいました。


 まこさんのおかげで助かったことはたくさんあります。

 まこさんが、私が大変だろうと共同馬主になってくれたこと抜きには、今のあーこの幸せは訪れなかったことでしょう。

 志半ばで手放すことは決してなかったとは思いますが、計画通りにオーナーを見つけることはおそらくかなり難しく、金銭的にもかなり行き詰まっただろうことは目に見えています。

 まこさんと後から加わってくれたFさんという共同馬主の存在が、3年半という長い間、あーこを手放さずに済んで、かつ、資金を温存できて、現在に繋がったのです。


 でも、まこさんは私のヴィジョンを全く理解できなかったようです。

 むしろ、私が自分の主義主張のために馬を利用しているみたいで、あーこがかわいそうと感じていたようで、私の前のめりな教育ママのような態度を諌める方に回りました。

 あーこの競技会デビューも必死に頼みましたが、彼女はB級ライセンスを受けるのに、別の馬をクラブからお借りして出てしまいました。

 自馬を持っているのに、他の馬を借りて出る……つまり、あーこではA2では好成績は望めないんですね? という負のアピールになってしまいました。

 これは、なんとか、あーこをA2を踏める馬として宣伝したかった私には、とても痛い結果となりました。

 あーこが障害を飛べない、2頭連れて行くのは手間も経済的にも大変という理由ですが、あーこは競技に使える馬じゃない、無理に連れて行くのはかわいそうだ、と思っていたようです。


 彼女は、あーこを初心者でも安心して乗れる心優しい馬にしたい、と思っていたようですが、残念なことに、このクラブであえて自馬を持つのにそういう馬を望んでいる人はいません。望むとしたら、いつも乗せてもらってお世話になっていて、愛着が湧いてしまった、という場合でしょう。

 そして、何よりも、まこさんはあーこをレッスン馬に戻すこともさほど悪いことではないと思っていたようです。それならば、誰かにあーこを好きになってもらうためにと、たびたびクラブにあーこを戻すことを提案してきました。

 もちろん、そんな提案は、全力却下です。

 私にとって、あーこをレッスン馬に戻すということは、見捨てること、見殺しにすることだからです。

 慣例により、一度手を離したら、もう、その馬に干渉することはできない、引き取り手が何をしようが、文句を言わない、それがこの世界です。

 ふたたびあーこを持つことを、クラブ側が許さない可能性だってあるのです。

 

 まこさんは、私を助けるためにあーこを一緒に持ってくれました。

 でも、私と同じ志で、同じ戦いに身を置いていたわけではありません。むしろ、その志を理解されていないことで、ぶつかることも多かったのです。

 誰しも魂は人それぞれ、協調と妥協の繰り返しでした。

 私が人付き合いの難しい人間だからなのか、そもそも馬を共有することが難しいのか? その両方でしょう。

 私という扱いが難しい人間に付き合ってくれたのは、ありがたいことです。

 そして、私があーこを買い取って、ワンオーナーになった今でも、まこさんはいろいろ手助けしてくれます。

 まこさんとあーこの組み合わせは、YouTubeチャンネルの最大のウリとなっています。 

 

 

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