あーこっこクラブへようこそ!〜引退競走馬が幸せに生きる道
わたなべ りえ
序
晴天の霹靂
シェルのことを書いたエッセイから約3年が過ぎました。
前作を読んでいない人のために、簡単に内容を説明しますと……シェルとあーこという2頭の馬と出会い、日々、乗馬ライフを楽しんでいます、という短い文章で事足りるのですが、まぁ……色々ありました。
色々あったからこそ、満ち足りた幸せな乗馬ライフを送ることができています。
その後も、私は相変わらず2頭の愛馬と穏やかな日々を過ごし、その日々が永遠ではないことを重々承知の上、それでも、その幸せが崩れるものではないような、明日も今日の続きだと、どこかで信じていました。
人は嫌なことを考えないものです。
この幸せが失われるとしたら、シェルとの悲しい別れしかない、と思っていたからです。
突然の病や怪我でこの世を去ってしまうのか、はたまた老齢になり、私を乗せるのがかわいそうな状態になって、日々、悩むことになるのか……。
でも、自分がもう少しで還暦になるという年齢に達し、夫の定年退職後を考えなければならないことに気がついた頃から、どこかでこの幸せな日々にケジメをつけなければならないな、と感じ始めました。
馬を維持するには大金がかかります。
夫は私の道楽に理解を示し、かなりの援助をしてくれていました。その夫が現役を退いた時、果たしてまだ馬中心の生活を送っていていいのやら? という気持ちにもなりました。
夫が定年退職する時には、シェルはもう20歳を超えます。
頑張れば乗馬としてまだまだ働けますが、私はお金のかかる乗馬をやめ、シェルとあーこを引退させ、養老牧場に置いてのんびり余生を送らせよう、それまでの間は、今の幸せを維持させてもらおうと考えるようになりました。
養老に出したら、今ほどは2頭に会えなくなる。車のない私は、老齢になって遠出をするのも億劫になり、2頭のお世話を人に託して報告だけを楽しみにする日々になってしまうかも知れません。
今の満ち足りた日々は、それほどもう長くはないのです。
今、行き着いたこの状態が、私の乗馬ライフの最終形態。もう潮の変わり目は訪れず、あとはまったりと日々を過ごす。
タイムリミットを自ら作って、悔いないようにしようと、決心しました。
しかし……。
これがまさに「晴天の霹靂」というものでしょうか?
私の描いた未来図は、再び潮の変わり目に巻き込まれ、運命に大きく書き換えられてしまいました。
乗馬の神様は、まだまだ私にはやるべきことがある、とでも言っているのでしょうか?
まさか、こんな日々が来るとは……。
今の私は、30年間のペーパードライバーに別れを告げ、車であーこやシェルのところへ通っています。
YouTuberとして情報を発信し、収入を得て、あーこの維持費に充てています。
1頭の馬を養うには微微たる金額で、まだまだ貯金を切り崩し、夫にも頼りつつの乗馬ライフではありますが、還暦近くして新たな仕事を得たことになります。
YouTuberとして収益が増えれば、夫の定年退職後の馬の維持費も心配することはなくなるでしょう。
そして、長年、1頭の馬と向き合う孤独と戦ってもきていたのですが……YouTubeを通じ、多くのあーこっこ・ファンができて、あーこを応援してくれています。
あーこっこクラブへようこそ!
私はもう一人じゃない。
それに、多くの人の夢を背負ってもいる、あーこを幸せな馬にし続けなければならない。
タイムリミットはもうありません。
私が元気でやれるうちは、走り続ける……どうやら、それが私の乗馬ライフのようです。
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