あーこは私に似ている
シェルは、おそらく人間で側にいたら、私の嫌いなタイプじゃないかと思います。
八方美人で人に媚を売るのが上手、可愛い顔をすれば許されると思っている、そんな人が友達で側にいたら絶対に嫌です。
馬でよかった……。
それに比べて、あーこは人に取り入るのが苦手なツンデレ、生真面目なのに、余計な威嚇をして遠巻きにされ、貧乏くじを引いているようです。
後々、放牧生活になってから、あーこが思いのほか世渡り上手で驚いたのですが、私の第一印象は生真面目なのに世渡りが下手くそで損をしているイメージでした。
そこが、私に似ているな、と思いました。
孤独だ、孤独だ、と書きましたが、その孤独の元は、私の孤独体質にあるんだろうと思います。
人と和するよりも、自分を貫きたいタイプで、自ずと孤独を呼び込んでしまう。
気弱で何もできないくせに、自分の信念を曲げるくらいなら、一人ぽっちを選んでしまう、よく言えば妥協を許さない、悪く言えば柔軟な思考ができないタイプなのです。
人それぞれだ、魂の色が違ってもいい、と言うのも、柔軟な考え方からではなく、むしろ、その逆で、理解し合えないものは理解しなくてもいい、お互いそれぞれ尊重し合って、ぶつからないよう距離を取ればいい、という思考回路。
人に対しても馬に対しても、無頓着に自分のテリトリーに足を踏み入れると、威嚇して追い払おうとするあーこを見ていると、自分と重なってしまうのです。
クラブでなかなか上手に人間関係を築けなかったのも、クラブが悪いというよりも、私の許せないものは許さない、妥協できない、という部分が、どうしても隠せなくて顔に出るからでしょう。
それでもつかず離れずの関係ならば、それなりにうまくやれたのかも知れませんが、そこに、シェルという愛情をかける存在が挟まったので、こんなに拗れてしまったのです。
ですが、あーこに関しては、私はクラブのやり方に従おうと思いました。
シェルは確かに私の望むような馬になってくれましたが、本当にそれが一番だったのかはわかりません。もしかしたら、クラブ側の指示に素直に従っていれば、もっと素晴らしい馬に育ったのかも知れない、その可能性は否定できません。
私は、シェルへの愛情の深さから彼を守りたい気持ちが強く、謙虚な気持ちで人から学ぶ、ということが出来なかったのです。
だから、あーこの時は、クラブ側のやり方に沿ってみたいと思ったのでした。
それと、もう一つ。
あーこは、お金が続かなくなったら手放さなくてはならない馬です。
シェルはなんとしてでも維持する覚悟があります。でも、とりあえず持たなくては救えない、で持ってしまったあーこにはそこまでの覚悟がありませんでした。
私の後に持つだろう人は、きっと私のように自分で馬をなんとかできる人ではない、そう思えば、クラブのやり方に従って育てないと、後々あーこが不幸になると考えたのです。
オーナーが変わってしまったら、やり方も何もかも変わってしまうということは、避けたいと思いました。
思えば不思議なものです。
クラブに不満があって、クラブを出よう、と何度も考え、そのためのお金も計算していたのに、丸々そのお金は、あーこの預託金としてクラブへ払うことになり、しかも、散々、意見が合わなかったのに、あーこのために必死に折り合って行こうと考えるなんて。
あーこが、私をこんなに翻弄する馬になるなんてね。
新しいオーナーを見つけることには大きな問題がありました。
そもそも、自分の馬を持てるほど経済的ゆとりがある人はそうそういないのです。
しかも、他人の馬をあえて欲しがる人もいない。私があーこを自馬にしたことで、他の人があーこを持つ可能性は、ほぼゼロになってしまったのです。
さらに、問題のある馬をわざわざ欲しがらない、何もできないうえに可愛げがない馬には魅力がない、ということです。
クラブオーナーが、思わず「持ってもらうのは良心が痛む」と言った馬、レッスン馬時代に問題行動を起こしていた馬、それをあえて誰が持ちたいと思うのでしょうか?
シェルといういい馬を持っている私が、なんであんな馬を? と言ってくる人もいました。
あーこの評価は最悪で、それを覆すのはかなり難しかったのです。
あーこの問題行動をやめさせ、きちんとレッスンを受けられるところを他の人たちにアピールし、誰かが欲しくなるようなセールスポイントを見つけ出さなくてはなりません。
そこで、私は、あーこを「A2の鬼」に育てようと考えました。
A2とは、馬場馬術競技の初歩的な課目で、乗馬のB級ライセンス試験の課目でもあります。多くの乗馬愛好家は、この課目をまずは目指しますから、これを完璧に踏める馬にしておけば、それは大きな武器になります。
2年前に、すでにA2は踏める状態にしていましたし、あーこは速歩がとても綺麗なので、見栄えがします。
たとえ、ギーとかぎゃーとか威嚇するような馬であっても、競技や検定会で頼りになる相棒であれば、それだけでありがたい馬になるはずです。
私の馬になるということは、他の人は乗らない馬になる、ということでもあります。他の人は、あーこへの愛情を育てる機会さえなくなってしまいます。
でも、競技会デビューをさせ、良い結果を残せば……それを、餌に、競技会に出たいと思っている人たちに、一時的でもいいから共有することを持ちかけ、あーことともに競技に向かってもらえれば、おそらく絆はできるでしょう。
そういう機会を何度か作っていけば、そのうちの一人でもあーこを気に入って持ってくれるという人が現れるかも知れない。
あーこをレッスン馬に戻さず、ワン・オーナーと幸せな出会いをして、幸せに暮らして行くには、この方法しかない。
この計画を実現すべく、私は奔走しました。
……が、この計画は、見事なまでに頓挫しました。
最終的に、馬の責任は誰にも押し付けることができないのだ、と痛いほど悟りました。
あーこの幸せなワン・オーナーとの出会い。
それは、結局、私との出会いだと思い知らされたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます