再生計画の破綻

 Fさんが抜けたことで、私の考えていた「あーこ再生計画」はすっかり破綻してしまいました。

 この計画は実現不可能だ、と認識するに至ったのです。


 Fさんがあーこから離れた理由が「あーこは故障がち」で「レッスン馬に乗った方が故障の心配がなく安心して乗れる」だったからです。

 これは、強烈な負のアピールとなってしまいました。Fさんが、あーこをとても可愛がっていたのを、誰もが知っていたので、余計に、です。

 誰が、好き好んで故障ばかりする馬を持ちたいと思うでしょうか?

 元々、レッスン馬時代にダメ馬伝説を積み重ねていた馬、A2も踏めない、しかも、故障がちとくれば、相当のことがない限り、誰もオーナーになりたいとは思いません。

 あーこの「ダメ馬伝説」を払拭し、良い馬としてのアピールをし、良いオーナーを見つけてあげる、という最初の目的は、もう果たせそうにありません。

 見つけたとしても、その人も相当の苦労が必要となるでしょう。


 ここにきて、私は、あーこを最後まで面倒をみるオーナーは、私しかいないのだ、という、諦めにもにた覚悟を決めるに至ったのです。



 私は、共同馬主のあり方を変えることを提案しました。

 それは、変えることでFさんの負担を軽くして、オーナーから離れるのを考え直してもらう意味合いもあったのですが、まこさんと私の関係をも変えようという狙いもありました。

 先にも書きましたが、そのうちオーナーを離れる人と同等の条件で馬を持ち続けることに疲弊していたのです。


 まこさんは、今のあーこを心配していましたが、私はあーこの将来を心配して、物事を考えていました。

 私は、シェルにはクラブのレッスンをほとんど受けさせていませんでした。それなのに、Fさんを乗せてあーこにレッスンを受けさせることを推奨していました。

 まこさんは、そんなことをしたらあーこが故障するのではないかと、常に心配していました。シェルには受けさせないのに、どうしてあーこにはやらせるのだろう? と思っていたと思います。

 そして、実際に故障してしまい、まこさんの不安は的中してしまいました。

 それでも、私はレッスンのせいではないと思っていましたし、もっと注意を払えば防げた故障だと思っていました。

 私は故障が治れば、Fさんはもちろん、私も再びレッスンを受けてゆく、乗馬としての基礎は、しっかりプロに見てもらいながら作っていく方針でした。


 共同馬主は、馬の調子がいい時は問題がないのですが、一度、馬が故障でもすれば、あっという間にギクシャクしてしまいます。

 ワン・オーナーの場合、何があっても責任は重たく自分にのしかかってしまいますが、共同で馬を持った場合、自分でも意識しないうちに、相手に責任を押し付けてしまう、もしくは、押し付けられたような気分にされてしまうのです。

 自分が乗った後に調子が悪くなってしまったら? という不安から、Fさんもまこさんも、あーこに思い切り乗れなくなっていました。

 そして私も「そんな乗り方をしたら故障するかも知れない」という二人の意見に引きずられて気持ちよくあーこに乗れずにいました。

 まこさんが、ライセンスを取るのにレッスン馬をお借りして連れて行ったのも、2頭連れてゆく大変さも確かにあるとは思いますが、競技会に向けてあーこにびっしり乗って故障したら困る、という意識が働いていたように思うのです。

 そして、あーこへの乗り方も、ハミを取らない、馬なりの、馬の自由に任せるような乗り方が目立つようになってきました。まぁ、それが彼女本来の乗り方で馬場的な乗り方はライセンスを取るためにやっていたのだと思うのですが……。


 明日にでもオーナーをやめてしまうかも知れない人たちに縛られて、身動きが取れないじゃないか! と、イライラが募りました。

 私一人では、確かに経済的にあーこを維持できない。

 でも、このままでは、私の魂も死んだまま、半殺しのまま、命だけ繋いでも魂が死んでいては、死んだも同然です。

 あーこに新しいオーナーも見つけられない、自分の思い通りにもできない、しかも、いつまで維持できるのかも相手次第で不透明、不安しかありません。


 山で遭難するグループは、リーダーが無能か、仲間の意見に引きずられて優柔不断か、そもそも、お友達同士でリーダー不在の場合だそうです。

 私のその時の状態そのもの、強いリーダーシップが必要だと感じました。

 例えば、万が一、あーこが疝痛にでもなり、一刻の猶予もできない判断に迫られたら? 誰が決断するのでしょう?

 3人で集まって相談する? 意見をまとめる? その間に時間は無くなってしまいます。事後承諾で責任は3人分全部背負う強い決断力が、私たち一人一人にあったのでしょうか?


 あーこの維持には、平均すると、月に9万円かかっていました。

 預託料の他、装蹄代、ワクチン代、サプリ代など、平均するとそれくらいでした。他にも、個人的には馬具やキュロットなど、いろいろ費用はかかっていますが。

 3人で持てば、大体3万円の負担で済むことになります。そうしてかかった費用をきっちり3等分してきたのです。

 それを変える提案をしました。

 私は、月5万円を負担し、残りはそれぞれの騎乗回数で負担してもらうことにしました。

 つまり、乗ったらあーこが故障するかも? と思ったら、乗らなくていいよ、ってことです。私が遠慮してね、と言ったら乗せないってことでもあります。

 私が必要だと思った運動は、私が責任を持ってやるし、あーこの故障は、乗ってもいいよと言った私の責任です。

 つまり、これは共同馬主としての経済負担をどう割り振るか、ということではなく、あーこの管理責任は、全て、私が担う、ということなのです。

 私の負担は経済的にも体力的にも増えますが、あーこの一生を責任持つと決めたのだから、私にとっては、その方がずっと気楽です。

 当然、私の負担は、月5万円では済まない時も出てきます。余計にかかった経費が累計10万円を超えたら、その月は1万円の援助を願う、あーこのオーナーを離れる時には、余計にかかった経費の半分を払ってもらうことにしました。


 この方法は、見方によれば、クラブ内クラブ、オーナーが客から騎乗料とって営業しているようなものじゃないか! という批判を受けかねません。

 この提案でも、Fさんを繋ぎ止めることはできませんでした。しかしながら、いつか去ってゆく予定のまこさんにとって、引っ越し後も共同馬主として名前を残しても負担は軽いし、乗りにくることもできるのですから、悪い提案ではありません。私も、共同馬主として残ってもらえるチャンスがあるのなら、そちらの方が助かります。

 さらに、乗った分だけ負担する共同馬主なら、故障がちのあーこでも、それなら持ってもいい、という人が現れるかも知れず、まこさんがいなくなった後も、あーこを維持できる可能性が繋がります。


 Fさんが去ってから、私はもうあーこのための新しいオーナーを探すことを諦めました。誰かいい人を見つけて、私はフェイドアウトしていこう……という考えは捨てました。

 たとえどんないい人を見つけても、あーこが故障がちで体質が弱く膝も曲がっていて、相当気をつけて維持しないとならない馬に変わりなく、そんな困難を他人に押し付ける筋合いはない、と思いました。

 その人が、手放してしまえば、やはり、あーこはそれで終わってしまいます。


 私の管理下のもと、あーこを末長く乗馬として長らえさせよう。

 それが、私の新たな目標となりました。

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