魂の色を染めて

 Fさんが抜けて、すっかり落ち込んでいた私ですが、いろいろ頭の中で彼女がいなくなった理由をこねくり回して、自分を納得させ、前に進むことにしました。


 あーこを持っていた間のFさんは、あっという間に成長しました。

 あーこが故障して面倒を見ていた時でさえ、目に見えて馬の扱いが上手くなり、それが騎乗にも影響を与えていました。

 馬を扱えるという自信もついてきたのでしょう。

 そして、頑張るFさんには、クラブのインストラクターはもちろん、諸先輩からも多くのアドバイスがあり、急速に伸びて行ったのです。


 まるでスポンジのような吸収力で、いろいろなアドバイスを受け入れてゆく、私のように自分の考えに凝り固まったライダーにはできない芸当です。

 おそらく無垢なままの魂なので、どんな色にでも染まる、何でも吸収できるのです。

 が、魂の色の違うライダーは、皆、自分の色に従ってアドバイスします。彼女は、その真の魂まで理解せず、表面に出てきたアドバイスだけを吸収するので、いろいろな矛盾が生じます。が、まだそれが矛盾と感じることもできないほど、初心者でもあったのです。


 私は、乗馬ライフをよく人生に例えますが……。

 それでいうと、文字を覚え始めた子供が、大人に言われたように「私はバカです」と紙に書いて、できたできたと喜んで人に見せているようなもので、書いた言葉の意味を理解できていない。しかし、もっと成長をすると、言葉の意味を理解して、これはおかしいと気がつくようになる。

 やがて、Fさんも人それぞれのアドバイスの矛盾に気が付き、悩み始めたのでした。


 Fさんにアドバイスする人たちは、皆それぞれに違う魂を持っていて、それでいて、自分の信念でそれが正義だと思っている人たちばかり。

 私もまこさんもインストラクターもその他大勢も皆そうです。

 そもそも、共同馬主である私とまこさんでさえ、全く違っていて、そこを踏まえてやっています。インストラクターに至っては、私は過去に馬の扱いでぶつかって離れてしまったくらいなのです。

 同じアドバイスをするわけがない。


 私は、鞭は叩くものではなく合図を送るものだ、指揮棒のようなものだ、とFさんんに言ってきました。

 それは、馬を恐怖や痛みで支配するのではなく、お互いの約束事で従ってもらうのだ、という私の考え方が反映されてのことです。

 しかし、Fさんはインストラクターに「ビシッと叩け、鞭の痛みを馬に覚えさせろ! 鞭が痛くて怖いものだと認識していないと、馬に鞭の効果はない」と言われ、私とインストラクターの言葉の違いに苦しみました。


 ある日、まこさんの教えのまま、Fさんは無口でハミをつけずにあーこに乗りました。

 それは、まこさんの「束縛せずに自由に馬に乗る」主義が反映されていたと思います。

 しかしその翌日、Fさんはある古株の会員さんから、説教を喰らっていました。

「ハミをつけずに馬に乗ってはいけない、檻を開けて猛獣と対峙するような、危険な行為だ! 馬は力のある動物なんだから、それを制御する道具を蔑ろにしてはいけない」

 私が、顔を見せたことでその説教は終わりましたが、一体、どれだけの長い時間、延々と説教をされていたのでしょう?

 私は、それが正しいと思うのなら、その人はFさんではなく、まこさんに同じことを言うべきだ、と腹を立てたのですが、Fさんは全てを飲み込んで「気にしていませんから」と言いました。


 そう、おそらくその人は、同じことをまこさんには言わない。

 なぜなら、まこさんは、すでに自分の魂を持つ成熟したライダーだから。

 大人は変えることができない。

 自分の魂の色に変えることができるのは、Fさんのようにまだ自分の魂を確立できていない成長過程の人だけ。


 よく馬乗りは「教えたがり」と言われます。

 多分、私もFさんに対して、教えたがりだったのでしょう。

 それは、馬乗りは皆、孤独だからなんだと思います。

 ただ一人、自分の信念を持って、馬と向き合っている。

 だから、どうしても、自分の魂の色に誰かを染め抜きたくて、仲間がほしくて、教えたがりになってしまうのかも知れません。

 Fさんは、クラブ内の孤独な人々の、自分流の争奪戦、色の染め合いに巻き込まれてもいたのでした。


 自我に目覚め始めた子供は、やがて親に反発しだします。

 反抗期を経て、自我を確立します。


 Fさんは、私やまこさんの思想から離れ、自分で自分らしさを見つけるために、あーこから離れて行ったのかも知れません。

 悩んでいた、というよりも、なぜか、解放感を持った清々しい笑顔で、あーこから離れていったように思うのです。


 そう考えれば、Fさんがあーこから離れて行ったことも、何となく納得できるのです。

 私自身、多くの人の教えを受け、悩み苦しんでいた時から、自分らしさを見出した時に、新たな乗馬ライフと出会ったのだから。

 


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