第5話目 蛇の牙は なんのため?
コンコンコン、とノックのあとにベルクが入ってきたのは、ミルフィーユが鏡の前にミチルを立たせ、朝の支度を終えたころだった。
「わぁ!」
艶めく黒髪のハーフアップにはワンピース型の制服と同じ色の真っ白のリボンがよく映える。
「とっても素敵だよ!」
億千万ドルの笑顔で褒められると、くすぐったいけれど、嬉しい。自分を拾ってくれたのが彼で良かったと心から思う瞬間だ。
「髪とお化粧はミルフィーユさんがやってくれたの。素敵でしょ?」
「うん!」
「リボンも!」
「可愛いよ。それもミルフィが?」
「結んでくれたのはね?選んだのは私♪ほら、コレ、ベルクみたいじゃない?真っ白でキラキラしてキレイでしょ?これなら学校でも一緒にいるみたいじゃない?クラスは違うけど――」
ベルクの頬と耳元までが真っ赤だ。ミチルも自分がなにを言ってるのかを周回遅れで理解し、さらに周回遅れで頬を真っ赤に染めた。
「ご!ごめんなさい!キモチ悪かったよね!!」
ミチルが慌てて髪につけたリボンを解こうとしたが
「そうじゃないよ!」
ベルクが慌てて両手首を掴んでそれを止めた。
「つけていてよ。嬉しいから」
耳元の彼の声、息のせいでどきどきする。
「……うん」
(シロみたいでしょって言えばよかった)
でも、あの時、白色のリボンをみて浮かんだのはベルクだったんだもの。
ドキドキするから手を離してほしい。嘘、離さないで。指先でもっと触れてーー
(ゴホン!)
「ベルクさま、ミチルさま、そろそろお時間です」
「「はいいい!!!」」
ミルフィーユさんの咳で、二人の世界は強制終了!残念!!
「ルーンさまとの馬車の相席はお辞めになりますか?」
「そういうのはいいから!」
にんまりと唇だけで微笑むミルフィーユの冗談とも本気とも受け取れる言葉をベルクがかき消している。
頬が熱い。まだ心臓がドクドク言っている。彼の声を聞いた耳とおへそがくすぐったい。
(あたしはいいんだけど?)
中等部と高等部は隣だから一緒に行こうと提案したのは自分だったくせに、ベルクと二人きりが良かった、なんてワガママな自分がいる。
(そりゃさ?毎日一緒にいて毎日かわいがられてたら好きになっちゃうに決まってるでしょ!?ちょロイン?当たり前でしょうが!)
(あー!!もう!あたしは獣人のお医者さんになりたいの!落ち着け!)
頭の中で必死に日本の歴史の語呂合わせを唱えてはドキドキをかき消していると。
「どうだ」
「どう?♪」
「どうなんです」
初の制服姿を見ようと兄弟たちがやってきた!
「いいじゃないか」
「うんうん♪うちのコが一番かわいい♪」
ペットの品評会のようになっているが、彼らが誉めそやしてくれるおかげで、顔が赤いのはベルクのせいだと言わずに済みそうだ。
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学校までは馬車でも幾度か通ったが、制服を着ての登校は初めてだ。昔読んだ漫画の御令嬢は黒塗りの車で送迎されていたけれど、今の自分がそうだろうか?
窓の景色にはしゃぐのを我慢しているミチルの手をベルクが握ってきた。いつもはキラキラの瞳が今日はどこか愁いを帯びており、フレンドリーなスキンシップとは違うのだと唾をのむ。
「ねぇミチル?」
「なに?」
「キミは歌い継がれた伝説の『オトメ』としてこの国に現れた。僕たち王族は人間族についての知識もあるし、キミの存在を前もって知っていたし、待ち望んでいた。だから歓迎もできた」
「う、うん?」
「出来る限りは僕がそばにいるし、ミチルを守る」
「うん」
「だけど残念ながら僕はミチルと同じクラスにはなれなくて。その……人間が獣人族の学校で学ぶなんて初めてのことだから」
(護ってやれないんだ)
しっぽと耳がしゅん垂れているベルクをミチルがよしよし、と撫でている。
「ベルクが謝るところじゃなくない?いじめてくる側は圧倒的に悪いけど、戦わない側も悪いのよ!?何かされたら私がヤメてと言い返せばいいの!なんならぶん殴るか蹴ればいいの!でしょ?」
腰に手を当てて不敵に微笑むミチルに兄弟が長いまつげをバシバシと音立てる。
「強いんだね」
「昔は泣いてばっかりだったから」
涙を流すだけだったあの頃とは違う。
この世界にはあたしを慰めてくれたシロはいない。
だったら自分で立ち上がらなきゃ!蛇の牙は自分を護るためにあるんだから!
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