第4話目 洗脳が常識


 獣人世界にやってきて、なにやら歓迎されて、と小説のようなイージーモードを歩んでしまったけれどさすがにご都合展開で学校に行けるわけもない。この世界で生きるからには最低限の文化と歴史、マナー、ルール、教養も学ばなきゃいけないのだ!客人も案外ヒマではないといいますか?

もしかして流行の異世界転生も、きっといちいち書かれていないだけで苦労してるんだろうなぁ。なんて勝手に仲間意識吹かしたりして?(言葉も通じない魔法世界でただの人間が生き残れる自信がないよね?)

 この国の歴史については数週間かけて王家の教育係が教えてくれた。人種間の争い、差別、問答無用で殺し合った血生臭い歴史、宗教の支配、絶対王政、流行病、科学の発展、経済の仕組みの発達。魂の旧材措置としての芸術。文明は違うけれど、どこの世界でも似たような歴史が繰り返されているのだ。それが切なくて、嬉しい。

 お城の外観や内装はいわゆるロココ調で、きらびやかで華やかで、いかにもお姫さまの世界!スマホがあればネットで自慢していた筈の美しさ!!(

今のところこの国では唯一支配の宗教観は見かけないが、この城での衛生観は近代や昔のヨーロッパに似ていると認識しだしていた。

(街中はどうなってるのかな)

 うず。うずうずうずうずうずずずずず!!

 湧きでる好奇心は止められない!ある休日、ミチルが「街へ行ってみたい」と言えば、ベルクからは「いいとも!」と某お昼番組のような返事がかえってくる。あれよあれよと馬車が用意されると小さな冒険の出発だ!!

「どこに行きたい?」

「まずはこの街!近郊も!とにかく国の民や建物を見て見たいの」

「うん」

「ベルクの好きなパン屋さんやお肉屋さんを教えてくれてもいいのよ?」

 食いしん坊な異邦人の笑顔は太陽のように眩しくて。

「まかせて」

 ごとん、ごとん、と馬車の道中は案外揺れて、シートベルトもない路ではおしりごと浮いてしまうこともあった。絵本で憧れたようなロマンチックなものではないが、ミチルは石畳が揺れることを楽しんでいる。城から少し離れると広い畑がどこまでもつながっており、畑の向こうには大きな風車がいくつも見えた。美しい畑の向こうの集落はレンガの建物と赤い屋根で統一されており、絵本や作り物の世界のよう!ミチルがわぁ!と声を出していると、今度は水車がまわっているのが目に入った。そのすぐそばで女性と子供が作業をしており、犬の耳や尾が揺れている子供、手腕以外が獣の大人こそ普通で、『人間族』の姿をしている者こそ少ない。

「ずっと人間の姿を維持し続けるお城の人達ってすごいのね」

「街中や城近辺は人間族との交流があるから姿を保つ努力もするし、人間の手指の方が便利だからね」

 また馬車が走る。先ほどは郊外を走ってくれたが今度は街中を走っているようだ。舗装され、揺れが減っている。

「降りてもいい?」

「ああ」

 ベルクの声で馬車がとまり、戸を開けると、つん、と独特の臭いが鼻先を突いた。排泄物が普通に街中に捨てられていい世界。日本人であるミチルとしては顔をしかめてしまうが、あからさまな態度にならないよう、呼吸を整え、ドレスの裾をつまんでみせた。

(昔の渋谷とか新宿西口の裏通りみたいな……いや、もっと臭いかも?)

 足元も気になるが、街中の観察もしなければ!

 街の中にはパン屋、八百屋、肉屋、靴屋、宝飾品店、その他の店が連なり往来も賑々しい。商店街があるのなら職人のギルドも形成されていそうだ。店先に立って大きな声で接客をする女性が笑顔であることが印象的だし、往来に活気があるのは見ているだけで嬉しい。街のあちこちで見かける小さな噴水がしゅわしゅわと水しぶきをあげており、水道網を文化へ昇華させる余裕があることが伺える。

(もしかして文化系の劇場もあるのかな?)

「あれはなに?」

 ミチルが町から解く外れた山の中の二つの白い建物を指さした。

「病院だよ。昔、教会の横に建てられたんだ。だから今でもあそこに運ばれる人は最期を受け入れたヒト、っていうのかな?感染病でもう治る見込みのない人が過ごす場所だって言われている」

「『言われている』って?」

「実は僕は行ったことがないんだ。その、恥ずかしい話だけど……言いなりで」

「でもベルクは王子様でしょう?危険な場所に行っちゃいけないのはしょうがないじゃない!言いなりじゃないわよ!」

「うん、ありがとう」

ベルクの笑顔はいつもの可愛らしい物とは違う。胸が痛む。


 あの白い建物から見えるこの国はどんな景色なんだろう?

 王子たちが入ってはいけない世界はすぐそばにあるのに、知ることすらできない。

権力による洗脳が常識を支配する。

 獣人の世界だろうと、どこだろうと世界は同じだ。あまりに残酷で容赦ない。

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