ミチルのひとりごと
「どうしてミチルはジュウイ?動物の医師になりたかったの?」
「え?」
「あ、言いたくなかったらいいんだ?ただ――人間族が犬の医師を目指したいなんて初めて聞いたから」
過去には虐げ、虐げられた血生臭い歴史があった。今でこそ交流があっても、お互い油断できないのが現状だ。それだけにミチルのように自分の人生を違う人種に捧げたがる人間なんて奇妙奇天烈魔訶不思議出前迅速落書き無用な存在なのだろう。ただ、ミチルとしてはベルクの質問の態度があまりに純朴だったのがなんだか嬉しかった。まるで「どうしてケーキが好きなの?」なんて聞かれたみたいで。
「昔ね、大好きなお友達が病気で死んじゃったの。シロって名前でね。うちで飼っていた犬なんだけど、白くてフワフワですっごく優しくてかわいい犬でね?あたしには特別な存在だったんだ?大好きで大好きでいつも一緒だったの。こんなこと言うの恥ずかしいんだけど、実は昔、学校でちょっとだけイジメられていたことがあって」
「うん」
「下駄箱の靴がわざとひっくり返されていたり、プリントがもらえなかったり、声をかけても無視されたり程度だから大したことないんだけどね?でも歩いてるだけでクスクス笑われていたら、だんだん人と話すのが怖くなっちゃった。『笑われないように、嫌われないように、みんなに好かれなきゃ』って無理して笑って――今思うとそれが辛かったのかもね?」
環境。生い立ち。いろいろなものが違うのに、ベルクにもその気持ちはわかる気がした。
「でもね?シロにはそんなの関係なかったの。朝起きてからすぐにあたしに飛びついてくれた。あたしに生きていいってパワーをくれたの。バカみたいだけどシロがいたから学校に行けたの。悲しいことがあってもシロには関係ない。泣くのを我慢してる時でも遊べってボールをもってくる。こっちのことなんておかまいなしなの。でもそれで一緒に遊んでるうちに元気になれたんだよね」
「うん」
「顔を舐めてくるから可愛いのにクサくって。ひっついてくるとあたしが泥だらけで毛だらけになっちゃって。泣いてても鼻水をなめるから笑っちゃって。嫌な気分なんてどっか行っちゃって。ズルイよね。あたしだけが優しくされてばっかりだった。でもね?そんないい子がある日、突然、死んじゃったの」
ミチルの声音がはずむような明るい音符のような声から一転、雨雲が近づいたようように薄暗くなる。
「朝起きてたら死んじゃってて。前の日まで元気だったから最初は信じられなかった。その時はめちゃくちゃ泣いたんだけどね?情けない話、今でも上手く処理できてないとこ、ある」
心の雨がぽつりぽつりと窓ガラスを伝う。
「たぶんだけど、シロが死んだ原因は大雨の後の感染症だった。当時は雨上がりの後の犬の散歩が危険って常識じゃなくって。何日もの大雨で家に閉じ込められてた犬はお散歩を喜ぶって、私も周囲も疑わなかったんだよね。私が無知なせいで。私が獣医学部に進んでいればッて何度も何度もループしちゃって……」
「年寄りだったから」「どうしようもなかった」「運命だった」何度言い聞かせただろう。それでも、何年たっても「私のせい」という自責はココロの奥底で溶けることはなかった。あの時に戻れたら、なんて想いは「たら」「れば」じゃ追いつかない。 砂時計をひっくり返す幻想に囚われて時間だけが過ぎてゆく。
「結局は個体の免疫力の問題だって頭ではわかってる。あたしが動物のお医者さんになったところでシロは必ず死ぬんだし、過去より未来を見なきゃって区切りをつけようとしたんだけど――」
「あきらめきれなかった?」
こくり、とミチルがうなずくと、ベルクがよしよしと頭を撫でてくれる。
「お医者さんになったところで死んだシロに会えるわけじゃないのにね?」
「それでも彼のためになにかしたかったんだろ?」
「ありがとうが言いたかったの」
「……」
「シロが死んでからかな?全世界のモフたちが飼い主と一秒でも幸せな時間を過ごしてほしいってずっと夢見るようになったんだ?でもお金がないって勇気がないのを正当化してはうだうだうじうじしてて――ってごめんね!?あたしひとりでめっちゃ語っちゃった!!!」
一方的な自分語りが過ぎてしまった!!慌ててベルクに振りむくと、美しい紫の瞳がうるうる揺れて、今にも涙がこぼれそうになっている!
「素敵な関係だったんだね。犬と人間が家族だったんだ?」
「あたしの片思いじゃないといいけど」
「きっとシロもミチルのことが大好きだったに決まっている」
「あたしのせいで死んだって怒ってないかな?嫌われてないかな」
「そんなわけない。ミチルに会えて幸せだったはずだよ」
「……うん」
私とボーイフレンドのことを 笑わないでいてくれてありがとう
シロに自慢したいよ。
こんな素敵な王子様がシロのこと、ホメてくれたよって。
もしシロがベルクに会ったら?ヤキモチをやくかな?
それとも仲良くしてくれるかな?
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