死ぬ順番は「正しい」の?
「誰だ!」
従者の低い声と同時にベルクが紫色のマントでミチルを包み込んだ。
「ごめんなさい」
従者たちが王子をかばうように連なり立ち、銃を向け剣を抜き、警戒態勢をとった相手は10歳にならないほど年端も行かぬ幼い兄妹。従者は周辺を探索したが、どうやら罠ではなく、子供たちは本当にただただ偶然、こちらへ来たらしい。
「親とはぐれたとか?」
「それもちがうみたいだけど」
ベルクも警戒が解けたのか、抱きしめていたミチルの体を自分からほどく。
マントからミチルが現れると、少女はまん丸の目を輝かせて「おひめさま!」と大きな声をだした!髪の毛と同じ色の茶色のしっぽがぱたぱたと跳ねている。
(ちっちゃい獣人だぁあ!んぎゃあああ!かわいいいいいい!!!)
「おひめさま、はじめてみたあ」
(あああああ!やばい!だめ!しゃべっちゃだめ!あたらしい扉が開かれる!)
「おひめさま!?え?だれが!?」
「ちがうの?」
キラキラまなこの少女に『アタシはただの居候です』と言うのが正解だとは思えない。けど、あたしがお姫さまって言っちゃいけない気もする。その……色んな意味で。
「そうだよ。彼女はこの国の城に住むお姫様だよ」
「ドレス。きれい」
「だろう?」
少女はミチルのカナリアイエローのドレスワンピースにうっとりしており、ベルクもうなずいている。
(あ!そういう!!)
フリルのついたワンピースがドレスに見えれば『おひめさま』だ。さすがベルク!生粋の王子様!民のためのテンプレが完璧だ!
「パパかママは?」
「きょうかい。おいのりのときはこどもはあそんでなさいって」
「こんなところに教会があるの?」
お祈りこそ、教えるためには一緒にいなきゃじゃないの?
てか人気のない森の奥深くで子供をほったらかして大丈夫なの?
育児ってこーゆーもの?あたしが知らないだけ?
「こっちだよ」
少年と少女がミチルの手を引っ張ってミチルを連れて行こうとしている。行かない、なんて選択肢はなさそうだ。可愛らしい命令に「行こうか」とベルクが笑うと、四人の周囲を倍の数の従者が歩き出した。
ベルクは「足元に気を付けて」なんてエスコートしようとするが、なんのなんの。ミチルが犬脚の子供たちにぴょんぴょことついていくので心配ご無用だった!
「こっちこっち!」
「もうちょっと!!」
「本当にこんなとこに教会があるの?」
「「うん!」」
枝や茂みを踏み踏み、木の根っこを飛び越えて子供たちについていくとーーーー!!
「これは……」
ミチルの前にあったのはとっくに倒壊した廃墟。「教会らしき建物があったと推測される土地」だ。灰色の石造りの建物を苔が覆っており、過去に祭壇だったかもしれない場所は雨風にさらされてボロボロだ。その横にはわざと残すことを許されたように壁が建っている。その上部では三枚のステンドグラスがこの国の歴史を描いていた。ミチルは息をのみながら、ゆっくりとそのガラスに魅入る。
左端の青い薔薇の窓ガラスは空?海?それとも知性?最右の赤紅の薔薇は血なまぐさい戦いの歴史?中央に輝く太陽色の薔薇の窓ガラスは?
(未来?)
この周辺を支配していた宗教がどんなものだったのかはわからない。だけどこの教会はきっと人を救った場所ということはわかる。
信仰によって互いを救おうとした時代があったのだ。なんら変わらないのだ。
ミチルがガラスに見とれていると、木々のざわめきのなかに、遠くから声が聞こえた。
「ヘンゼル!」
「グレーテル!」
黒い服を着た夫婦がこちらに向かって走ってきた!
「ぱぱ」
「まま」
「ごめんね!ごめんね!ママが間違ってた!ごめんね!」
母親は真っ先に二人を抱きしめ泣き崩れた。三人を抱きしめた父親もずうずうと鼻をすすっている。
「どうして?」
「僕たちこそ勝手に戻ってきちゃった。ごめんなさい」
「ごめんな!ゆるしてくれな!」
「がんばるから!がんばるからああああ!!」
悲鳴のように泣きじゃくる両親と腕の中の子供の会話は成立していない。傍らで見ていることしかできないミチルにも家族の状況は『なんとなく』察せていた。
「随分と苦労されたんですね?」
「はい……」
ミチルが父親と思しき男性に声をかけると、目の前の彼は鼻水をすすり歯を食いしばっていた。臭う体臭、汚れた衣服、身体。あの絵本の夫婦もこんなだったろうか。
「なにがあったのか、うかがってもよろしいですか」
「いつも俺たちがつくったチーズや薬草を買ってくれる街が流行り病で壊滅状態になりました。どうしたものか悩んでいるうちに違う村でも飢饉が起きて。うちの村でも沢山の死人が出て……。農家ですからね。最初は食べ物もなんとかなっとったんですけども。家畜を売って、とうとう金が底をついて……もう、どうしようもなくなって……」
闇色の瞳の彼らに何ができるだろう。
「大丈夫」「元気出して」?「笑って」?「なんとかなる」?
そんな残酷、言えるわけ、ない
弱者は足腰の弱い高齢者でも寝食の保証された病人でもない。
現場で働いている人々(かれら)だ。
最前線で金を動かすために汗水流して働く彼らだ。
それなのに 彼らは最強の弱者のために平気で殺される
この国の現実(やみ)――――。
「村では生きているまま焼かれた人もいましたか?」
「うう!」
「はい……」
「ごめんなさい。苦しいかもしれませんが教えてください。病にかかった人の家には印が描かれましたか?」
オトコが黙ってうなずいてくれただけでじゅうぶんだ。おそらく村は集団ヒステリーに呑まれてしまって言葉が通じない。正気な人間が消されてしまう狂った世界。そんなもの、生きたくないのは当たり前だ。
「これを使ってください」
ミチルは首から外した金のネックレスをふしくれだちガサガサの荒れた男の手の上に置いた。
「これは純金でできています。珍しい宝石もついています。どうぞ売ってお金にしてください。数年ぶんは暮らしていけるお金になるはずです。」
「え?」
「王族の刻印も施されています。もし誰かに疑われることがあったらおっしゃってください。必ず城の者が証明します」
「そんな……あの……」
「今はこんなことしかできなくて……ごめんなさい……」
ぽつり、と熱い涙ががさついた手におちる。男はそれに魅入っていた。
「私は死ななくても良い命を救えるよう闘います!だから!待っていてください!!」
「ひいさま……」
「こちらも役に立たないかな」
今度はベルクが胸元のオーバールを夫人に渡す。
「このへんの土地で暮らすのが大変なら、違う街で商売を始めるのも良いと思うんだ。開業資金程度にはなるだろう?」
宝飾の裏面の刻印を指さして安心しろ、と語ってみせた。
「そんな……王子様……」
「いいんですか?たまたま知り合った我々に……」
「あなたたちなら、きっとうまく使ってくれると信じてますから」
あぁあ!と泣き崩れる母親の背中を子供たちがさすっている。一家の父親はありがとうございます、ありがとうございます、と真っ赤な鼻をずぅずぅ、と音立てた。
********************
「そうだ!ベルク!」
「?」
「彼らの村のチーズを城で買い取れないかしら?あの辺では売れなくっても、街中で、もしかしたら外国でなら売れるかもしれないじゃない?だって美味しいんでしょ?なにか方法があると思うの!」
「それはーー」
「経済を私が狂わせる?」
「ちょっとまって。急なことだから」
「そうだよね。ごめんね、いきなり無茶言って。あ、じゃあフォルに頼んでみる!」
「兄さんに!?」
「だってフォルならきっと良い案を思いついてくれそうじゃない?」
ミチルの瞳の先に映るのは第三王子ではなく、しっかりものの第一王子。
目の前の第三王子は見えていない。
ミチルは現場に居合わせた二人の従者に農村へ行き、一台の馬車で可能な限りのチーズを持ち出すよう命じた。廃墟の磯場の上で書いたせいでガタガタでよれよれな文字で書かれたフォル宛の手紙も渡してくれ、と一人に言っている。優しいワガママに、従者たちは笑っていた。
[newpage]
馬車の中でベルクがずっと黙っている。らしくなさに胸がざわついて、正直つらい。
「ベルク、ごめんなさい。国からいただいたネックレスを軽率にさしあげてしまって。私ってば無神経だった。気分を悪くさせたよね?ごめんなさい」
ベルクが「違う!」と声を出した。その瞬間、犬の耳としっぽがピン!と跳ね上がる。
「ミチル、違うよ!あんなことには怒っていない!違う!そうじゃない!そうじゃなくて……自分の不甲斐なさに落ち込んでいただけで……」
歪んだ紫の瞳、苦しくもだえる白銀の眉根。それでも笑顔であろうとする第三王子は痛々しさを隠している。
「実は僕は、こんな風に民と関わったことがなかったんだ」
「うん」
「病と経済がつながっていることを理解していなかった。それだけじゃない。そのーーもっと……もっと闇があった」
「きっと神様がベルクに成長しなさいってあの四人をよこしてくれたのかもしれないね」
「うん」
******************
結局、その日のうちに広大な森をぬけることはできず、野営になってしまった。ベルクはいの一番に従者を労わることを忘れない。
「ベルクも素敵なんだからね?」
「え?」
「従者への労いをいち早くできるのは兄弟でもベルクだけじゃない?それって才能だからね?」
「……」
馬車の中で肩を寄せ合い眠ることが苦でないのはあなたのおかげ。
恐ろしいくらいの星の瞬きも、知らない星座も怖くない。
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