第9話目 勇気凛々? 隣臨?


「隣の国に人間の医者がいるらしいな。人間なのに獣人相手の医師だそうだ」

「え?ミチルみたいな?」

「うむ」

「なにそれ流行ってるの?♪」

「これからは獣人国に住む変わりも――ゴホン、人間が増えるということでしょうか?」

「へぇー、よっぽどのかわりもんだよね♪?」

「いろいろと常識や情勢が変わることを覚悟しなければなりませんね」

 王子たちの常識を変えてくれた、どこぞの誰かさんといえば、あたたかいミルクにバターたっぷりのクロワッサンをザクザクとほおばっている。

美味しい朝ごはんタイムに、フォルが聞きかじった情報をこぼしたのが始まりだった。

「ミチルみたいな犬好きの人なのかな?」

「医者になるくらいだろ?変態かもよ♪」

「私も詳しくは聞いていないんだ。だが隣国はこの十年、二十年、確かに成長著しい。特にインフラについてはかなりの変化と発展を遂げている。しかも聞くところによると件の医師が相当関わっているらしい」

「なんで今頃その医師が知られだしたの?」

「どうやら政治への関与を終えたようだ。それで街中に医院を開業したのだとか」

「ほへー!♪政治やってて今度は民間でって?♪ご立派!我が国の政治局は見習ってくれないかねぇ?♪」

「老害に期待するだけ無駄ですよ」

「近々私やローズも視察団として馳せ参じるつもりだがーー」

 ミチルの顔には既に「行きたい」と書いてある。

「ミチルが興味あるなら僕と行ってみる?」

「うん!行きたい!」

「王都までは早くても五日はかかるんですよ?」

「全然平気だよおぉ!」

「二人で行くってことかい?」

「兄さんたちと居たらミチルの見学にならないじゃないか」


 おい、そこの二人!

 (護衛付きとはいえ)二人っきりで旅行♡って意味、わかってんのか?


 男三人が目くばせしているのに、当の二人はそんなこと考えてもいないらしい。

「馬車で数日はかかるから何日か学校を休むことになるけど、いい?」

「うん、全然!とにかく会ってみたいの!いろいろ話も聞いてみたい!その人がどんな方法で診察しているのかとか、この世界での病理学や薬理学についてとか――」

「よかったな、ベルクから逃げたいとかじゃなくって♪」

「土産は甥や姪じゃなければいいですよ」

「護衛には独身連中が多いんだ。人前であまり刺激しないように」

 キョウダイ同士の冗談も、今のミチルには届いていない。


**************

 隣国への道中は時間はかかるが手間ヒマは案外少ない。友好関係が築かれている証拠だ!

「王様と政治家サン達に感謝!だね!」

「言ってあげて。喜ぶから」

 馬車が城から離れ、街並みも遠くなり、二日も走ると樹々の茂みや影が変わってきた。樹の高さは城の周辺のものの倍はある。ときどき鳥の声が聞こえるけれど、姿は見えない。伸びた樹々がつくりだす水たまりのような青空から届く光は少し。うっそうとした森だけど「赤ずきんの絵本の世界の森ってこんな?」なんてどこかで楽しめている自分もいる。紫の瞳がのぞきこむように笑いかけてきた。

「降りてみる?」

「いいの?」

 馬車が止まり、ゆっくりと降りると、澄んだ空気があちらからやってきた!ミチルが両手をぐーーーんと伸ばす横でベルクも伸びをしている。

「きもちいいいいい!!!!」

「僕も森の空気は好きだよ」

「お城や町は臭うものね。慣れてきた自分もいるけど」

「やっぱり無理してる?あの国で」

「無理、とかじゃないよ。文化が違うだけなのに文句なんて言えないし。生活様式が似ているだけでも感謝だもの。もしかしてもっと暮らしにくい国で拾われてる可能性だってあったかもしれないんだから――」

「ねぇ、ミチル。こちらの不手際は言っていいんだよ?それもミチルの権利なんだ」

「うん、ありがとう」

(でもお世話になってるのに、国が汚いとは言えないよねぇ?)

(文化の違いって気もするし)

(ただ、不衛生が過ぎると病気が心配ってだけで)

 衛生への観念が違う彼らに、世界でもトップクラスの清潔を誇る日本人の価値を押しつけていいかどうかはずっと悩みだった。

ここには風呂や清潔を悪とする宗教はない。

うまく言うことが出来たらも感染症の対策や病理解決に貢献できるんじゃないだろうか?

 でも科学的根拠を示す数値を出す方法もわからないのに、あたしなんかが言っていいの?まともに聞いてもらえるの?

あたしが最初から話をしないのは「逃げ」?

 なにが正解なの?うまく伝えるにはどうしたらいいの?

 こんなとき 誰かに相談したくなる。

 

 ベルクの差し出す手に誘われるまま着いていけば森の中にぽっかりと開けた湖畔が迎えてくれた。静かな水面が陽の粒でキラキラと輝き、人の手が入っていない深みのある茂みが風にそよぐ姿すら美しい。

「綺麗……」

「だろ?みせたかったんだ」

さわさわと風の音。擦れる緑の匂い。やさしい光の粒。まぶしく輝く水の音。

きっとここにはニンフがいる。

「このへんは僕らのとこより涼しいだろ?もっと先の北部は乳製品づくりが盛んでね。味はもちろん、種類も豊富なんだ!周辺の国々に輸出するほどなんだよ。この先のグリム地域のものは特に美味しいんだから」

草花の香りが強いもの、夏製のもの、冬製のものとでは味が違うんだ、なんてベルクがウンチクを語り出すと、聞いているだけのミチルがうっとりとしている。

「綺麗な景色より美味しいチーズのほうが元気でる?」

「え?美味しいものって芸術品でしょ?一緒じゃない!」

 

 まったく! この王子さまってば!!

 あたしの悩みはわからなくっても 

 あたしが悩んでいることは わかっちゃうんだから! 

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