緩・閑話 たかだか王子が女友達に勝てるわけ、ないじゃない
「久しぶりだね♪同じ大学でも全然あえないんだもん!」
「えぇ。こうしてお招きいただけたことが本当に嬉しいです。ミチル様とお会いできなくなることも覚悟しておりましたから」
「もう、やめてよぉ!マロンは唯一仲良くしてくれるコなんだから!」
あたたかいミルクにバターたっぷりのクッキー。焼きたてのスコーンはまだあたたかく、クロテッドクリームが秒で溶けちゃう絶対美味しいヤツ!その横の銀皿にはピンクや黄色、白色のハート型のマカロンが可愛らしく並べられており、つまめるようになっている。メニューのすべてが甘くなりすぎないよう、しょっぱいものも用意してあります!一口サイズのビーフシチュー入りのパイにフライドポテト、お酒にもあうベーコンやソーセージまでスタンバイしている。女子二人の「お茶会」というよりは、朝昼おやつ兼夕ご飯?ちょっと好きな人には見せられない。でも今日はいいんです!だって仲良しの友人との久々のお喋りだから!
ガラスで囲まれたサンルームでのお茶会はいつだって女の子の憧れ。テーブルの上のおやつを食べながら、新しい生活を話し合っては笑う。医学部の知り合いはできたけれど、お城に遊びに来てくれるのはマロンだけ。自分は国賓と言う名の居候なのに、良くも悪くも「特別扱い」はエスカレートしている。種族が理由ならともかく、地位で距離を置かれるのは寂しい。でもマロンはそんなことしない。自分を人間族として扱っても王族としては扱わない。だから会えばお喋りするし、お互いに行き来する、この世界で唯一の存在だ。それが何よりうれしい。
「これ、美味しいね♡」
「お口にあってよかったです♡ミチルさまの故郷のものも素晴らしいですわ♪私たちでは知りえない文化ですもの♪」
マロンが用意してくれたたスイーツや軽食はどれも美味しい。マロンの家は貿易だか交易で髄分とお金持ちらしく、普通に住んでいるだけでは知ることのできない異文化を沢山とりいれている。お金持ちは心が広い、とはよく言ったものだ。好奇心旺盛で器の大きいおかげで彼女とこうしてお喋りができるのだから。ひとりぼっちにならずに済んでいるのだから!今の幸せは沢山の奇跡の積み重ねとしか言いようがない。
「あー、久しぶりにホッとしたぁ。みんな優しいし気を使ってくれてるのはわかるけど、あからさまに距離を置かれていくのもさみしいんだよね」
「ミチル様の傍にはいつもベルクさまがいらっしゃいますもの。王族のお気に入りだと皆が知っていますから、粗相もできません。下手に声もかけられないんです」
マロンのフォローは完璧だ。事実がそうであろうがなかろうが、納得してしまう。
「だといいんだけどね」
「実感がありませんか?あれだけベルクさまに大切にされていらっしゃるのに」
目の前の人間は甘いクッキーを随分と苦々しそうに食べている。
「あたしね?この国に来る前は人間だけの世界に居たの」
「ええ」
「あたしの住んでいた世界には『美女と野獣』って物語があってね?魔法で醜い獣にされちゃった王子様や召使たちが誰からも怖がられて避けられて森のお城で心を閉ざしていたんだけど、村の娘と恋をして、全部が好きって愛しあって元の姿に戻って最後はハッピーってハナシなのね?それにずっと憧れていたの。だって相手の全部が好きならオールオッケーじゃない?主人公のオンナノコが素敵だなって憧れた」
「ええ」
ミチルらしい物語のチョイスだ。この国を愛する彼女のために書かれたと思うほど。本人に自覚はないけれど、その物語はミチルそのものじゃないかと思うほど。
「でもね?最近はなんだか違うって解ってきちゃった」
「?」
「だってさ?王子さまに恋するのがこんな苦しいって思わなかったの。ベルクはあたしだけに笑いかけてくれてるわけじゃないし、いざとなったらあたしより国民を大切にしなきゃいけないでしょう?本当は綺麗なお姫さまと会うのも嫌って言いそうになっちゃうときもある。ただの居候のあたしがナニッテンダって頭ではわかってるけど……」
「ミチルさま……」
「モフの王子さまに恋をするって憧れだったけど、実際は違うね?本物のお姫様を見ちゃうと自分が惨めで泣きたくなるし、好きでも言っちゃいけないって思うと苦しくって涙でちやうし――」
「ミチルさまにとって障害とはベルクさまが王子であることだけですか?」
「へ?う、うん」
王子が狼犬獣であることなんて忘れてる。種族の違いなんて気にもしてない。これだからこの人は――――!
「ミチルさま!それなら大丈夫ですわ。王子はミチルさましか見ておりませんもの!!」
「そうかなぁ?」
「ええ。私が王子でしたら絶対にミチルさまを泣かせませんのに。私がうんと甘やかしますのに」
グーの拳を震えさせ、全身が毛でおおわれる。牙からグルグルと唸り声が漏れる!それほど怒ってくれている。
「ありがとう。マロンもみんなも優しいのにね?あたし、贅沢になっちゃってた。ダメだね」
ミチルがモフモフの毛皮に抱き着くと、マロンがゆっくりと人間の姿に落ち着く。
「みんな気を使って人間の姿でいてくれてるっていうのに。あたしだけがワガママなんだから。あたしこそ成長しなくっちゃね!」
「ミチルさまもやはり恐ろしいですか?狼犬の姿は」
「あ、違うの。狼犬バージョンだとあたしが萌えて生きてられないから、やめてもらってるの」
「はぁ?」
「え!?だってかっこよくない?あたし、モフの中では犬が一番好きなのね?狼と犬のヒト型とか理想が歩いてるんだよ?そんなのこの星が消滅するレベルでまともに会話できなくない?」
「……」
「あたし、モフは男だけが好きだったんだけどね?この国に来てから新しい扉開いちゃって!もう、獣人♀も最高だよね――」
マロンがどうして笑っているのか、ミチルにはわからない。
ただ、みんなハッピーならオールオッケー?てなわけでミルクを飲んでみせた。
(救われているのは我々だと どうやって彼女に説明できるだろう)
************************
「ミチル、いいかな」
「!!」
返事をきくことなく無遠慮にドアが開かれローズがヤッホーと入ってくる。(女子会だって言っておいたのに!)
あとからやってきたベルクがやめろよ、と眉をしかめているが、ローズはお構いなしにテーブルに同席しだす。
「ミチルは俺たちにとっての妹みたいなもんだろ?兄貴は妹の友達にもあいさつしなきゃじゃん♪俺はミチルのお友達に滅多に会えないんだし♪」
ローズはフレンドリーさが魅力だが、女子の連帯にはお邪魔虫だ。わかりやすく頬を膨らましているミチルのことを無視できるんだから、っとに!
「こちらこそ挨拶が遅れまして申し訳ございません、第二王子。初めまして。オータム・マロンと申します」
マロンはそんな野暮王子にドレスの裾を広げて頭を垂れてみせる。ミチルも教育してもらったが、生まれつきのお金持ちは違う。指先まで気品があり、女性でも見惚れてしまうほど。
「は?オータム?って、あのオータム家!?」
ローズが目を開いたのはエレガントなお辞儀だけではない。ミチルには見えないようにゆっくりと人差し指が唇にあてられ「シー」と言っている。振り返れば弟の瞳が「黙ってろ」と言っている。
「えーと、マロン、だったね。美しい名だね」
「ありがとうございます。父と母が喜びますわ♪」
ローズがマロンと握手しながらベルクを睨むが、弟は知らん顔でいつもの王子様スマイル!
「今日もミチルに会いに来てくれたんだね。ありがとう」
「いいえ♪ミチルさまとお会いするのは私の、ひいては当家の喜びですわ♡」
「マロンがミチルと仲良くしてくれることが王家にとってどれほどの感謝かわからない。勲章贈与に値するよ。」
「まぁ♡私こそ光栄です♡」
「それじゃあ、ごゆっくり」
「えぇ。王子こそ♡」
ベルクがローズの首根っこを捕まえて退室。ミチルが出て行けと言うまでもなかった。
「ちょっと待て」
「なに」
「聞いてなかったぞ!オータム家の令嬢がどうして我が家にいるんだ!!」
「ミチルの親友なんだ。しょうがないだろ?」
「し…nう?はい?」
「僕だって最初はまさか、だったよ。でも納得もいくんだ。彼女は人間族に対して警戒と偏見があまりになさ過ぎた。理解がありすぎるもの」
「そりゃそうだろうな。オータム家といったら人間族と我々狼犬族と交易点で世界最大の運輸王なんだから」
神話の時代かどうかは定かではないが、オータム家は人間族と狼犬族の諍いの時代から戦争のための武器や製造を生業に栄えた商家だった。異種族の戦争が落ち着いてからも交易、貿易、学問、異文化の共有点はすべてオータム家のもの。すべてを牛耳られる商家はこの国どころか狼犬世界一のお金持ち。オータム家の財産や権限を前にしたら一国の国家予算なんてアリの足跡程度!彼女に王子だからどうしたと言われればそれまでだ。
「だからマロンもミチルが気に入ってるんだろ?お互い周囲に距離を置かれがちだから。」
「ヤバ。俺、やらかしてない?あの二人のとこ割り込んじゃったよ!?」
「オンナノコ達の会話ってのは男子禁制なんだからさ?邪魔するなら暗殺される覚悟もしなよ?」
「ベルクに女心を教わる日が来るとはな……」
女友達は 味方になれば最強。敵に回したら最恐の凶って?
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