第8話目 獣(けだもの)だもの
国のイベントにでるのも王子たちの公務だ。厳かな式典は王と王妃がメインだが、軍隊のパレードやらお祭り騒ぎは王子たちが歓迎される。本日は国軍による剣技のイベントにミチルも一緒に呼ばれていた。パレードの金管楽器がお祭り気分を盛り上げる。
「そ、か。軍隊もあるんだよね」
国を護るため、王族の血を護るため。灯を絶やさぬためを名目に、年に数回開催される武道会は学生や一般市民も参加できる国をあげたイベントだ。
「剣技を競う大会のほかには剣舞もあるんだよ♪オンナノコがきれいでねー♪」
「へー」
「昔はホントに殺し合ってた血なまぐさいショーもあったみたいだけど、なんやかんやで今はもうちょっとぬるくなったってゆーか♪」
隣に座るローズがパンフレット片手にあれこれと説明してくれる。
「でもなんで軍隊でも『ショー』扱いなの?剣とか武力ってもっとそれなりにおごそかに扱われない?」
「武器なんて人間族相手なら意味がないんだ」
「なんで」
「人間族がなにかしようと動く前には殺せてるからな」
フォルとローズが普段は見せない犬歯を指さして笑っている。その鋭い武器は旧世界でいう八重歯、なんて可愛らしいものじゃない。
そうだった。この人たち、もともとは犬で狼だった。噛みつかれたら人生終了だった。
そっか。今のところ、よっぽどの生物兵器か核爆弾でも落とさない限り、人間族は勝てないのか。
(余計なことを言って兄弟たちを本気で怒らせないようにしておこう)
ミチルが密かに決意した頃、美しい金属の音が響き始めた。
軍服に獣人姿の男性二人が大きな刀を振っては避け、と美しい型を魅せだす。二人型の演舞、一人の演舞。王の御前のための剣の舞があるのはどこの世界でも同じなのだ。今度はサービスだろうか?腹を出した女性たちが踊りだす奇妙な空間。命を産むものが殺しの道具で舞い、殺伐さが美を産む。つるつると操り、怪しくて艶やかな時間は獣だということを忘れさせる。
「人間族由来の剣術を俺たちが扱うって意味不明?♪」
「うん」
「だよね♪たださ?歴史上に存在した人間族との友好や交流の証って思うと、不要な剣術も必要だろ?♪」
血なまぐさい歴史だけじゃない。確実な互いの努力があった。
一見、不要な文化こそ、未来のために必要。
イベントや伝統はそれらを伝えてくれている。
「やっぱり兄弟の中で剣術が一番巧いのはフォル?」
「いや?」
「じゃあルーン?まさか大穴でローズ?」
「だと思う?♪」
「え?だって――まさかぁ?」
「そのまさか、だよ。本当に剣術が強いのはベルク♪」
「うそぉ?」
あんなにみんなに優しくて、誰かを傷つけるなんて一番向いていないのに?
ミチルがさらにローズに聞こうとしていた時だった!わぁ!と歓声が起こり、ミチルの声が消える!その噂のベルクが中央で舞いはじめるとアイドルのコンートのように歓声が飛びかい、音楽が鳴ると静けさの幕が下りた。
「わぁ……」
一人で舞い、誰かと型を手合わせる姿にミチルも見惚れてしまう。振る舞いは艶やかなのに女性とも男性ともわからない。妖精?神様?この国の誕生を示しているのだろうか?剣を投げながら飛んだり跳ねたりと軽々とキャッチするたびに拍手が起こる!ミチルももちろん目を離すことができないでいた。
音楽が変わり、低いおどろおどろしい音が歴史をほのめかす。襲い掛かる数人をなぎ倒す舞は王族が人間たちと闘い、民を護る姿だろうか?ショーだとわかっているのに、激しく刀剣がぶつかりあう音にひやひやする。けわしい表情もせつない表情も国民のため。兄歴代の王をベルクが演じる理由がわかる気がする。
音楽が明るくなった。世界の夜明けだ!!また一人の舞に戻るが、最初の舞とは違い、希望がこめられているのが刀の動きでわかる。剣先(この国の未来)が太陽を示す。
演舞が終わると爆発的な拍手が起こった!ミチルも手が止まらない!ベルクに向けてだけでなく、ただただ歴史を舞踏で表現するこの国がいとおしくてたまらなかった。それに普段は優しくってかわいいベルクの真剣な男性の表情はカッコよくって美しくって!この国の王子様なのだと思い知り、改めて胸の奥が痛む。
「すごい……知らなかった。ベルクが剣技が得意って」
「ミチルには知られないようにしていたからね♪」
「なんで?」
「そのへんはオトコゴコロ?察してやってよ♪」
「でも、なんで?なんのために弱いフリなんてするの?」
「第三王子だから?♪」
「処世術ってこと?」
「ご名答♪あいつは他人の心を動かす術をわかってる♪だから必要以上に強く魅せない努力に走ったんだよね♪」
「……」
「フォル兄さんは生まれながらに人の上に立つことが求められている。太陽は完璧でなくちゃならない。絶対王者でなくてはならない。だからまぁ、視線も手間暇も第一王子に注がれてきたよね?俺はもう気楽に自分のペースでいたんだけどさ?ベルクは逆だった。完全じゃないことで家臣に支えられる路を拓いたんだ♪」
「護りたくなる王子サマってこと?」
「王子なんていっても生存競争だから♪あいつの生き方に正解も不正解もないさ。ただ、これからはどうなんだろうって思うけどね?他人に勝ちを譲るのは今までならよかったろうけど――」
「?」
「勝ちを譲って、護りたいものを護れないのは、男として、王子としてどうなのってハナシじゃない?♪民の手本になれるのか、って」
「手加減は相手に失礼だし、国民を護るためにはある程度の執着がないと信用を失うってこと?」
「わお♪さすが♪呑み込みが良くて助かる♪」
「さっきのベルクの演舞をみていればわかるよ」
「じゃあ、ベルクを成長させるために、協力してくれる?♪」
ミチルが返事をする前にローズが突然立ち上がってひらりと来賓席から武道ステージへ降りた。真紅のマントがあまりに美しく舞うので、まるで演舞がはじまるのかと誰もが黙って見つめている。
[newpage]
「なぁ、ベルク♪」
「?」
演舞が終わり、ステージを降りたばかりの弟を見下ろして兄さんはニコニコ笑顔だ。
「久しぶりに一戦、やらないか?」
「えぇ?ヤダよ!そんなの僕がすぐに負けるに―――」
「だから本気でヤろうよ?そうだな?賞品はミチルってどう?」
「はぁ!?」
「ベルクが勝ったら俺は何にもしない。でも俺が勝ったらミチルは俺のもの♪好きにしていい♪これならどう?闘う気になった?」
「なにを言って……」
「そうだなぁ。ベルクの前でミチルと♡♡♡♪なーんてどお?あ、ミチルには許可はもらってるからさ♪安心してよ♪」
「ふざけるな!」
ベルクの拳がストレートに顔面に向けられた瞬間!ローズが倍の力で手首を握る。
「だから。そーゆーのをやれ、って言ってんだよ」
いつもなら国民を魅力する笑顔と真逆の低い脅し声にベルクがごくりと唾をのむ。基本、平和で穏便解決マンな第二・第三王子が喧嘩なんて周囲は信じられない。そう、だから――。
「どう?ここでベルクが俺を殺しても罪にはならないよ?俺から喧嘩を売ったんだしさ?」
「どうあっても?」
「おまえの前でミチルが無体を晒してもいいとみなすぞ?」
「――っ!」
キィン、と音が鳴る。ベルクの剣が振り下ろされた!が、ローズの一回り細長い剣が歌うようにかばってみせる。国民たちはステージに釘付けだ。
「ほら、みんな喜んでる。見ろよ。王子たちの決闘だ!みんなお待ちかねのショーじゃないか」
「――っざけるな!」
周囲に二人の会話は聞こえない。怒鳴り声の代わりにキィン!キィン!と二人の剣と剣が火花を散らす。獣人でさえ素早すぎる二人の動きを追いかけるのがやっとで、ミチルには何が何だかわからない。速すぎる動きに誰も止められない!審判もいない!こんなのとてもショーとは呼べない!!
「ふざけているのはどっちだよ?いつも勝利を譲るの王子で国民が喜ぶとでも?」
「それのなにが悪い!」
「周囲をバカにするも大概にしろといってるんだ!」
「どっちがだよ!僕が勝っても『王子だから』で終わりだろ!?どんなに尽くしてもまともな評価をされたと思われない!だったら最初から勝利なんて――」
「それでミチルを失っても、か?」
「どうしてミチルが関係するんだ!」
「大アリだよ!お前みたいに逃げ癖がついたやつが惚れた女を護れるとでも思ってるのか?男は女を護るためにいるんだろ?ミチルを奪おうとした人間が現れた時、戦えるのかって言ってるんだ!?」
「それは――――っ」
キィン!とひときわ高い歌声が響いたところで二人は弾けるように距離を置いた。はぁ、はぁ、と互いに呼吸を整えだす。周囲は黙って見守るしかできず、ただただすさまじい二人の気迫は「兄弟のじゃれあい」なんてものじゃないことしか解らない。
「なぁ?」
「?」
「これから先もミチルがこの国にいるなんて保証がどこにあるとでも思うんだ?譲り癖のあるお前にミチルが惚れぬくとでも思っているのか?」
「そんなの誰にもわからない!」
「うぬぼれるなよ?いざとなった時、護れる保証のない男に女が獲られると思うな」
「ミチルは僕のものじゃーー」
「そういうとこだって言ってるんだ!」
大きく剣がふりおろされたが、ベルクは転がるように上手くかわしてみせた!が、容赦なく突くように剣先が降り注ぐので、ベルクはかがんだままローズの脚を蹴りはらい、よろめいた間に体勢を整える。
「いい加減にしろよ!お前にミチルを幸せにできるわけないだろうが! 俺の方がずっとあのコを――――」
「――――-っ!!」
低い唸り声が聞こえたと同時にローズの視界からベルクが消えた。どこだ!?疑問に思う間もなく、かがんでいたベルクが柄頭でローズの顎を撃つ!
「!!」
白かった視界から戻り、頭を打って倒れたと気がついたときには狼犬化したベルクがはぁはぁと呼吸も荒々しく喉元に切先を当てていて――――。
「参った」
両手を振りふり、敗北宣言。ローズの笑顔にベルクの細長くなっていた黒点がゆっくりと丸くなった。
「ベルク!」
駆け寄ってきたミチルの声は聞こえるのに遠い。随分と心配そうにしている。
(大丈夫だよ)
そう言いたいのに声が出ない。
「……ベルク?」
「ばか、ミチルが迎えに来たんだろ。立てよ。つーかどけ。重い」
「……」
どけよ、とわざと乱暴にベルクを払い落とし立ち上がってみせるのだが、勝ったはずのベルクのほうが未だに呆然としている。顔色が悪いことをミチルも心配している。
だって信じられなかった。あんな感情、初めてだった。誰かを殺そうとしたなんて。あんなものが自分の中にあったなんて未だに信じられない。
狂気と凶器。荒々しい本能。一番仲の良い次男に向かってあんな殺意を向けた自分が信じられない。否、信じない。あれは自分じゃない
(……っとに世話の焼けるヤツ)
「ベルク。お前にブレーキがあるのはご立派だよ。お前のすべてが間違っているとは言わない。だけどな?お前は男だ。譲れないものだけは護ってみせろよ」
「ローズ……」
ミチルの肩をぽん、と叩き「頼むよ」とだけ言い残し、紅髪の王子が去る。
**************
「あ、怒ってる」
「……この場をなんだと思っているんだ」
来賓者席は約一名の怒りのオーラで真っ黒だ。今日のイベントが国防軍の見世物ショーだとわかっていても、まさか本物の斬りあいを見せつけられるとは誰も思ってもいなかった。ましてやゲスト扱いの次男と三男が本気で斬りつけあいだしもんだから、プログラムはめちゃくちゃですし。
「ごめんごめん♪俺らのショーは終わったから♪安心して続きやってよ♪」
司会者は咄嗟のアクシデントも派手なサービスとして会場を盛り上げようとしている。午後は人気の決闘も予定されているのだ。王子二人のサービスということでその場は強引に収められた。
「ダメだった?」
「余計な世話と言うんだ」
弟がかわいいのはわかるさ。弟のブロックを外してあげたい気持ちも、同じ男として口を出したくなる気持ちも!!
「だが公私混同をするな。なにより国民を不安にするんじゃない」
「うん。けどさ?兵隊にハッパかけるにはよかったかなー?って」
「ほう?」
「王を護るべき軍にはベルクの強さを超えてもらわなきゃね♪」
「……」
第二王子の手段も択ばない策謀力には第一王子じゃ敵いません。
「たださ?一個だけ誤算だったかな?♪」
「なにが」
「ミチルのこと♪ぶっちゃけ先に俺のとこに来ると思ってたから」
「見向きもされなかったな」
「俺のとこにきたらベルクの心配をしろって言うってやるもりだったんだけどねぇ♪」
まっしぐらに駆けつけて?ベルクの手を握っちゃってさ?
泣きそうになっちゃってさ?
俺、何も言ってないのにフラれてんじゃん。
「っとに、頭撃ったの俺だっての♪」
「周囲を混乱させた代償だ」
「ひっでぇ♪兄さんくらいは味方してよ♪」
「そら、ルーンの出番だ」
剣舞はルーンの出番。妖精のように美しく王子が舞う姿に皆が声を失っている間も、ミチルはベルクの指先を温めていた。
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