緩・閑話 ルーン

「ねぇルーン?」

「なんです」

「お姉ちゃんも行きたいなぁー♡」

「誰が姉です。誰が」

「え?あたし?」

「……」

「あ、なによぉ!あたしのどこが年上だとか、どこにお姉みがあるんだとか、あたしの方が妹っぽいとか思ってるんでしょ!」

「なにも言ってません。まぁすべてあってますが」

「ひどおおい!」

「どうしたの」

 子犬の喧嘩をみかねてベルクとローズが仲裁に入ってきた。

「ねぇ!ルーンがひどいのぉ!」

「勝手に人を悪者にしないでくれますか。いえ、冤罪とはそのように起きることを学びましたよ」

「どおどお。で?なにに怒ってるの」

「今度ね?幼稚舎と小学部合同のイベントがあるんだけど」

「あぁ。あるね」

「そのイベントを中学部の三年生が手伝うからあたしも見学したいって言ったのに、ルーンが嫌がるの。あたし、保護者枠でなんとかって言ってるのに」

「当たり前でしょうが!」

「「……」」

 保護者枠は図々しいかも、なんて言葉は発せず、ローズとベルクが苦笑い。

「ミチルの魂胆なんてわかってるんです!おおかた幼稚舎の児(こども)たちが見たいんでしょうが!」

「だって!ちっちゃいモフのかたまりだよ!?そんなの見たいに決まってるじゃない!

「あなたが変態じみた雄たけびをあげることも決まってるじゃないですか!恥を知りなさい!恥を!」

「しょうがないじゃない!あんな狼要素もない、子犬モフが歩いてるんだよ?そんなの叫ぶでしょ?だってモフ天国なんだよ?ねぇ!?」

「あなたの天国(つごう)なんて知りませんよ!子供たちはただ生きているだけです!あなたみたいな変態の視線を寄こせるわけがないでしょうが!」

「おねがい!そこをなんとか!」

「「……」」

 王子権限を使っても、国賓見学枠にしてはいけない気もする。国民のためにも。 

 とはいえこの二人の喧々諤々は止まりそうにもない。ミチルもルーン相手にぎゃあぎゃあと喧嘩できるのだから大したものだ。温厚派のベルクはもちろん口から出まかせ番長のローズさえこの可愛くない末弟には口で勝てそうにないと言うのに。

「なんだいったい」

 お兄様が帰ってくるなり兄弟げんか。うんざりしないよう、つとめているの、さすがです。

「フォル!助けて!」

「「あ!」」

 ミチルがフォルに抱き着くとか卑怯プレーで先制!

「あたしがルーンの中学のイベントを見学したいって言ってるのに!ルーンがダメって!」

「な!」

 (卑怯なり!)

「見学ならいいではないか。なにを戸惑うことがある」

「う゛」

 長男リスペクト、長男大好きな末弟としては、命令は絶対なのです。……なのです。

「いえ、そのイベントは――」

「ねぇ!あたしまだ付属幼稚舎に行ったこともないの!行ってもいい?」

「ん?いいんじゃないのか?」

「兄さん!」

((あーあー))

 フォルの見ていないところで、ミチルがルーンに舌出しちゃって。ルーンがまた本気で怒ってる。本気で14歳と喧嘩とかどうなのよ?でもね?

 ローズとベルクとしては今までの男兄弟の関係が少し変わっていることを楽しんでいた。別に不満があったわけじゃないが、ミチルの影響でフォルもルーンも心から笑って感情を吐き出せている。兄弟たちはミチルの前では王子の仮面を外せる。ただの男(ひとり)になれる。それにどれだけ救われているか。彼女が知らないだけで。

「今まで兄さんはルーンに一番甘かったのに」

「ミチルは上手いよねぇ♪甘え方がわかってる♪」

「だよね」

「あんなだとフォル兄さん、本気になっちゃうんじゃない?♪いいの?ベルクは♪」

「は?」

「弟がミチルを気に入ってるって知っててもさ?恋ってのは別だろ?♪」

「……なにを」

「俺だっていつ、なにをどうするかなんてわからないよ?♪ルーンだって、ね?」

「……」

「別にミチルはお前だけのものじゃないんだぜ?」

 低い声でローズが去り、三人の輪に入る。じゃあそのイベントに参加しようかな、なんて横入しようとしてはまたミチルをからかってキャンキャンキャン……。

 ベルクはその輪を遠巻きに眺めていた。馬車の中では当たり前のように手をつなげるのに。こんな時はどうやって声をかけたらいいんだろう。あぁ、声の出し方も話し方も忘れてしまったみたいだ。



*****************

「ルーン、ありがと♪」

 学校の帰りの馬車の中でミチルが笑いかける。今日の幼稚舎、小学部との合同イベントのことだった。もちろん変態と化すことは我慢していたが、かわいい子犬たちに囲まれ、ミチルは天国だったようだ。つやつやしている。

「ごめんね?あたしが来るの嫌がっていたのに」

「国賓としての品位を求めただけです。それなりにしていただければ別にーー」

「うん♪ありがと♪」

 いつもならベルクとミチルが隣同士に座るのに、今日はベルクがいない。ミチルはルーンの隣に座ってひたすらお喋りをしていた。突然現れて、ずけずけと五月蠅いのに憎めない彼女(ひと)。兄弟たちに馴染んでしまった彼女(ひと)。歳は近いと言われてもどこか遠くて。甘えてくるかと思えば急に大人びてとらえどころがない。男兄弟たちは彼女に翻弄されっぱなしだ。ルーンもそう。普段の冷静さが保てず、彼女のことは嫌いではないが、どこかで許せないでいた。

「ねぇルーンってどういう意味?」

「どういうことです?」

「ローズは薔薇、フォルは森って意味って聞いたの。ルーンは?」

「……月(ルナ)です」

「えぇ!?ピッタリ!すごい!誰!?名前つけたの!天才!?」

「母上です。月はこの国では女の名前ですよ。天才どころかーー」

「ルーンは自分の名前が嫌い?」

「さぁ?嫌いという感情すら湧いていません」

「そう……」

「母は僕が金髪の絶世美女として育った夢を見たんだそうです。それで女の名前を用意してしまった。このとおりオトコが生まれたのでルナ(女名)ではなくルーン(男名)に切り替えたわけですが。どうぞ、笑いたければ笑っていいですよ」

「素敵な名前ね?」

「あなた聞いてました?なぐさめならーー」

「だってお妃様はお腹にいたころからルーンが生まれるのを楽しみにされていたってことでしょう?それで名前通りの綺麗な金髪の子が生まれてくれたんだもの!お妃様は本当にうれしかったでしょうね!生まれた瞬間から親孝行したって!ルーン、それってすごくない?」

「……」


 どうして月の女神の名前なのだと親を恨んだことはあったけれど

 どうして月の名前にこだわったのかなんて考えたこともなかった。


「女の名前をつけた親を恨んだこともあったのですが――」


 心の澱が解ける。指先が温かい。どうして涙が出そうになるんだろう。

 ただ、自分の名前をゆるしただけなのに。

 自分の存在をゆるしただけなのに。


「少しだけ自分のことを好きになれた気がしますね。それに――」


 兄たちがあなたを好いている理由が 少しだけ わかった気がします


「そういえば、あたしも仲の良かったコが月の名前だったなぁ」

「へぇ?」

「アルって言ってね?アルテミスって月の神様の名前をもじったかわいいワンがいたの♪ルーンみたいに綺麗な金色の子犬だったのよ♪もぉ、かわいくって♡」

「犬ですか……」

「あたしからしたら犬と同列って最大級の賛辞なんだけど?」

「僕もその仲間入りだと?」

「そ♪」

「……まぁいいです」

「じゃあわしゃわしゃしていい?」

「少しなら」

「!」

 馬車の中に優しい陽だまりが揺れる。隣でミチルが黄金色の髪をみつあみにするとルーンはおとなしく身を任せていた。

「あたしのこと、お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」

「それはお断りいたします」


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