緩・閑話 寵愛されルート=外堀?
きょうもきょうとて、ミチルとベルクは民衆のお勉強、という名の街デートをしていた。男兄弟と一緒じゃ食べないクレープやドリンクを食べ歩いては「今のって王子様?」「まさか」と民衆に通り過ぎられる。自分にとっては当たり前の街並、食べ物もミチルははしゃいでくれる。彼女がこの国を楽しんでいれば自分も嬉しい。歴史ある建物が素敵とため息をついてはツヤツヤのリンゴが美味しそうと笑う彼女。歩くだけで楽しいなんて言ったら王子失格かもしれないが、それでもいい。彼女と出会ってしまったら、堅苦しい王室向けのデートなんて、もう、できない。
「ミチル?ほかにはなにか欲しいものはある?」
「うーん、あんまりないかなぁ?」
「そうなの?遠慮しないで言ってよ?」
「じゃなくて。あたし、恵まれすぎてるから!美味しいご飯も柔らかいお布団もあって、お風呂には入れてるし、学校にも行かせてもらえてるし、服だって下着だってこまめに買ってもらえてるし――」
彼女を笑顔にするのは自分でありたいんだ。
キミを幸せにするのは僕だけでありたいんだ。
叶えたいんだ。もっとワガママを言ってよ。男のワガママも解ってよ。
「それにベルクのお小遣いは国民の税金よ?節約はしなくていいけど、感謝して丁寧につかわなきゃ!」
「……」(しっかり者すぎる)
キョウダイ、親、周囲の誰もがベルクがミチルを慕うのを止めないのはこんな姿を見るせいだ。
「あ!見て見て!」
ミチルが指さしたのは町一番の大きな宝飾店のショーウィンドウ。くいくいとベルクの腕を引いて見に行こうとしている。
(オンナノコだなぁ)
男兄弟では絶対になかったリアクションは新鮮で楽しい。
(兄さんにこんな風にされても嫌がらせとしか思えないけど)
「これってベルクの?あ、こっちはみんなのデザインじゃない?」
ショーウィンドウに並ぶのは紺、深緑、深紅、濃紫、水色、の宝石に金縁のオーバールと、王妃様を連想せずにはいられない大きくて真っ赤な宝石に負けないほどゴージャスな細工の大ぶりの金色のネックレス。威風堂々と鎮座する様は、国民の前でみんなが整列しているみたい。
「よくわかったね」
「みんなのこと大好きだから!ねぇ、ここは王室御用達?」
「うん。五百年ほど前から王家専属の宝飾を作っている老舗だよ」
「みんなが並んでるみたいでかわいいね!」
宝石たちを眺めなが笑う横で、ベルクの口はへの字と不服そう。
「どうしたの」
「ミチルがいない」
「は?」
自分のことを大切にしてくれているのはわかるが……。
(バカ?)と単語を飲み込んでいる横で、ベルクが店内に入ってしまった!
「えwちょ!」
あわてて追いかければそこは――
「王子様!!」
「どうされました!?」
「店先に来たからちょっと寄ったんだ。いつもありがとう」
「こ、こちらこそ!!」
キャー!別世界!!銀●のビルでもこんな空間、見たことない!ゆったりとひろくてひろすぎてひろーーーーい店内にはぽつりぽつりとガラスケースがおかれ、その中に宝石が飾ってある。売り物というよりは美術品のよう。等間隔にソファがあり、客はお喋りをしにこのお店にやってくるみたいだ。それがこの店の接客スタイルなのだろうが――。
(あ、あたしの知ってるレベルのお店じゃない)
ミチルが以前の世界で行ったことのある高級な宝飾店でさえ、もっと狭くて接客もがっついてたはずだ。ガラスカウンターをテーブルに会話するほどコンパクトだったあの時のことは覚えている!美女と野獣モチーフのマリッジリングを買いに行ってペアの二つともを女性サイズにしたこと!店員さんが詳しく触れてこない方がずっとおぞましかったことも!!(はい、開けてはいけない記憶の蓋、閉じまーす)
「ベルクさま!御足労いただきまして!」
上階から立派なスーツの男性が現れた。この店の主人だろうか? 気まぐれな王子の来店にも動じず堂々とした振る舞いは流石だ。
「本日はどうされました?なにか手前共に不具合でも?」
「突然ごめんね。おもてのショーウィンドウのことなんだけど」
「はぁ?」
「ミチルがウィンドウの宝石たちが僕たちだって気がついたんだ。この店は数百年、王族御用達だってことも話していてね」
「左様でしたか。いたみいります」
店主はミチルにもふかぶかと頭を下げる。が、ベルクが城でも見せないほど悲しげな表情を見せた。
「でも、あそこにはミチルがいないだろ?」
「?」
「ベルク?なにいってるの?」
「もう一度言うね?ショーウィンドウにミチルがいないんだ?」
「!!」
王子様の脅しスマイルにいろいろを察した店主と従業員たちが大慌てで分厚いカタログと既存の見本品が入ったトランクを持ち寄りだす!気がつけばミチルはいつのまにやらふかふかのソファに座り、手元にはあたたかいドリンクが用意されていた。
(なにがどうしてこうなってるの?)
「細かいことはまた今度、城でね?でもとにかく今すぐミチルになにか用意してくれる?ウィンドウに飾れるレベルのものを」
「かしこまりました」
「え?あ、あたしぃ?」
「うん♡」
王子さまはにっこりと微笑んで、手元のホットアップルサイダーに口づけた。
「いや、ちょっと、待って?落ち着いて?あたしは居候だよ?あたしなんかに――」
「ミチルこそ落ち着いて?まず『なんか』なんて言わないで?キミとキミを慕う僕らに無礼だ」
「は、はい」
「話を戻すよ。国賓に対してそれなりの歓待するってルーンも言ってただろう?」
「そうだけど!それとこれとは別問題でしょ!?」
「どうして?ミチルが僕のお気に入りということは、王族のお気に入りということだ。気に入った女にアクセサリの一つも買ってやれない王子が国の男たちの手本になれると思う?」
「え、と、それは……」
「国の経済の循環のためにも女性の物欲は必要なんだよ?ミチルの遠慮がこの国の男たちを愚弄することになることも理解してね?」
「あ、あれ?」
「遠慮して僕に恥をかかせちゃダメだよ?王家の恥は国民の恥だから」
(あれ?あたしが間違ってるんだっけ?)
(男らしく、女らしくってなんだっけ?あれ?)
「国賓さまは、なにか希望はありますか?」
ミチルが混乱しているのをよそに、若めの女性店員がかしずいて目の前のワゴンにずらりとならんだネックレスから気に入ったものを選べ、と促す。ミチルが黄色のワンピースを着ているせいだろうか?それともミチルのイメージなのだろうか?ゴールドのアクセサリーが多めだ。確かにひとつひとつは素敵だが、宝飾がつきすぎて、あまりに派手でおおぶりすぎる。ごてごてと重たいし。
「うーん、あたしはもっとシンプルなのがいいかなぁ」
フツーの女性ならきゃあきゃあ言いそうな、まぶしくってまぶしすぎるゴージャスすぎる品々!なのに目の前のミチルのあまりの反応なし加減にベルクが不思議そう。
「そうなの?どうして?」
「え?だって、これっていかにもドレス向きじゃない?これじゃあ学校につけていけないじゃない」
「?」
「だってベルクからのプレゼントでしょ?アクセって『あなたのものです』ってアピールでしょ?ずっと身につけるのがフツーじゃないの?こんなのじゃあ――――?きゃああああ!!!」
(しまった!まちがえた!そういう意味じゃなかった!!)
ミチルがあわてて両手で真っ赤になった顔を隠す。が、時すでに遅し。
「「……」」
店員とベルクはミチルの言わんとしたことが分かったようだ。
ベルクはミチルが特別な国賓だとアピールしにやってきたというのに、ミチルはカップルのアクセ売り場にしていたなんて死んでも言えない!
(あーあーあーあーあー!!やだもーーーーー!!!ちょっと!!時間!戻って!!ちょっと!今すぐ作品ジャンルを魔法ファンタジーに引っ越しできません!?)
ベルクとしては今にも恥ずか死にそうなミチルをどうフォローしようか考えているのだが、店員は声を殺して楽しそう。
「失礼いたしました。プライベートで来ていただいていることを我々が理解していなかった模様です」
「大丈夫。僕こそ勘違いしていたみたい。公務用のものは城の方で頼むことにするよ」
「かしこまりました」
「そしてシンプルで学校に付けていけそうで、学生が買えそうな値段のものを頼むよ」
「かしこまりました」
二人が淡々としているのがツラい。いっそ笑ってくれた方がマシなのに。
(王室御用達ショップに彼氏にアクセ買ってもらうノリで来てるとか。あたしほんとなにさま?)
調子に乗りすぎた。ベルクに嫌われてる自覚がないからって。ベルクが優しいからって。
告白されたわけでもないのに。あたしだけの片思いなのに。
相手は王子サマなのに。あたしはただの人間なのに。
あー、もう、自分で自分がイヤになる。泣きたい、逃げたい。
「……ごめんなさい」
「どうしてあやまるの?」
「あたしなんかが調子乗ったから」
「『なんか』って言うの禁止って言わなかった?」
「もう、逃げたい」
「逃げないで。それにこれじゃあ手がつなげないよ」
ゆっくりと顔を隠していた手がほどかれると、指先がからめられてしまった。ミチルが逃げようとするのをダメと言わんばかりに強く絡められてしまい、離れることもできない。
やめてよ。こんなの期待しちゃうから。
こんなときどうしたらいいの?
あたし、恋愛偏差値ゼロすぎてわからないよ。
なんでモフオタだったんだろう。
なんでフツーの恋愛経験ゼロなんだろう?
「こんなとき、『フツーの』カップルは?どうやって待つの?」
「……いじわる」
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店員はこぶりかつシンプル、それでいて制服に合わせてもおかしくないゴールドのネックレスを用意してくれた。ミチルがかわいいと盛り上がる横でベルクが他にもなにやら細かくオーダーしている。店員が台座を下げようとしたころ、ミチルがふかふかのソファを降り、爪先だって店員を寄せた。
「あの!!」
「?」
「ベルクの瞳とおなじ紫色の石をつけて欲しいの!できますか?」
「もちろんです」
真っ赤な顔の恋する瞳に、宝飾店の店員も種頷いてみせる。
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ミチルがソファに座ると、ニコニコとご機嫌な王子が手招きした。
「ねぇ、ミチル。今日はこれをつけてよ」
「?」
ベルクが深紫色のチョーカーをミチルの首にセットする。それはまるで首輪のようで――
(犬にペット扱いされてない?いやいや!いろいろダメな気がするんですけど!!)
「アクセサリーって僕のモノってアピールなんだろ?」
「!」
溶けるのを我慢しているというのに、王子さまは楽しそうに笑っているんだから!
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王子が選んだシンプルな金色のネックレスとは、数週間後には女性用プレゼントとして流行しだした。『学生でも買える値段』とベルクの言葉もちゃっかり流用されている。お妃様は自分のデザインの色違いをミチルの公務用にしようとして兄弟たちに止められていたりして。
「ちょ、これ!作ったの、だれ!!」
ミチルのワンピースやドレスは黄色で揃えられていたのに、仕立屋や街中ではどう勘違いされたのか?新作の中には紫色のワンピースたちが混ざっていた!
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