歴史×洗脳=嘘×ほんと
次の日の化学の実験中。ガシャアアアンとビーカーやフラスコが割れる音と同時にきゃあああ!と女生徒の悲鳴が教室をつんざいた。学生の身分で皮膚を溶かすような薬品は使っていないが、グリンが悲鳴をあげたのは男子生徒にぶつかられ、熱湯を腕に浴びたからだ。
「あつい!あつい!」
グリンが犬の姿で叫んでいると、ミチルがすぐに彼女の腕を掴んで水道から流水をかける。
「だいじょうぶ?痛くない?」
「痛い!」
「だよね?」
「ヤケドは痛い!でも水が当たるのはもっと痛い!!」
「うん、がんばれ!!」
逃げようとするグリンの腕を掴んで蛇口の水を流し続ける。痛い!嫌だ!はなして!呻く声は無視して容赦なく水を浴びせ続ける。五分ほど経ってようやっと解放された。
「ヤケドはしばらくは痛いかもだけど、大丈夫だと思うよ。不安なら医務室に行ってね」
「助けてくれてありがとう。でも人間と喋っちゃいけないって言われてるから」
「そうなの?誰に?」
「お母さん。おばあちゃんにも。みんなからそう言われてるから」
「へぇ」
「……なに」
「なにも?」
ミチルとしては本当になにも思っていなかったのだが、グリンの方が噛みついてきた。
「ホントは怒ってるんでしょ!せっかく助けてやったのに恩知らずって!でもしょうがないじゃない!だって人間は狼犬人族の敵なんだから!!四つ脚だったオオカミや犬を絶滅させたのは人間族だって聞いてきたんだから!」
「簡単に人固定観念が解けないことは覚悟してるよ」
「なによ!人間族にとって獣人はゴミなんでしょ!?あたし達を死ぬまで働かせて仕事ができなくなったら殴ったり蹴って殺すんでしょう?そうやってあたしたちの祖先は殺されたって聞いたんだから!」
「じゃあこの国の狼犬人族が人間を殺していた歴史は知ってるの?」
「え?」
「確かに人間が獣人族を奴隷にした時代があった。けれど、獣人が見境なく奴隷にしたり人間を殺していた時代もあったのよ?殺人兵器としてオオカミや犬を使役していたこともあったの。それが絶滅の真相よ?」
「うそ」
「嘘なんかつかない。都合の悪い歴史は大抵蓋をされるもの。あなたが知らないことは割とフツーのことだよ」
「でも!人間は悪いって!そう教わったもの!みんなそう言ってるもの!」
ヒステリックな金切声がクラスの視線を集めだす。
「ねぇ?目の前のあたしは、あなたを奴隷にしていないのよ?少なくともあたしはあなたを殴ったこともない。むしろあなたを助けたいと思った。できれば仲良くなりたいとも。目の前の現実をみてくれる?」
「でも!あんた人間じゃん!仲良くできるわけないでしょ!?」
「できるよ」
「はぁ?」
「人と犬は仲良しになれるよ。少なくともあたしは沢山の犬と仲良くしてきたの。だから犬や狼が大好きなの。あたしがこの国に来たのだって犬のお医者になりたかったからだもの。だからあたしたちーー」
「無理!」
ぷい、っと彼女は行ってしまった。
(もっと上手く伝えられたら)
わかっていても、ため息が漏れる。いくら自分の話を聞いてほしくっても、聞く気のないあちらにしたら価値観の押しつけだ。悔しさが闇となってミチルを包む。
(もっと立ち回りが上手だったら)
(もう、やめよう。このままだと自分を責めてしまう)
(また自分のことを嫌いになってしまう)
「頑張ったよね」なんて小さく声に出してみせる。
(そうだよ。昔のあたしだったら逃げてた!喋ってすらなかったんだから!)
ふぅ、ともう一度深呼吸をすれば、凍りついていたカラダが溶け、足元が見える。びしゃびしゃだ。片付けなきゃ。
(よかった。こっちのビーカーは割れていない)
雑巾を探していると、同じグループの男子生徒が拭き出した。
「ありがとう!」
ミチルの震える声に、黒い髪の青年は「僕は君に殴られたことないからさ」と返ってきた。「私も」なんて言いながら、茶色のベリーショートの女の子も手伝いだす。「一緒にされたくないよね」なんて赤茶色のくるくる巻き毛の男子生徒も笑いかけてくれる。
「『みんな』なんて嘘ですからね!!真に受けないでくださいね!!」
「マロン」
「グリンは自信がないから周りを味方にしようとしてるんです!!バッカみたい!ミチルさまが助けてくれたというのに!獣人族があんなのだと思わないでくださいね!?」
まるで自分のことのように怒ってくれるのを見てしまったら、怒れるワケ無いじゃない!!
(言葉の通じない人はどこの世界にもいる)
(あたしは振り回されてなんていられない!)
(大切にしてくれる人を見ろ!)
「実験の続きしよっか!」
ミチルがグループのメンバーに笑いかけ、実験は再開された。グリンのおかげでクラスの子たちと仲良くなれたんだから結果オーライ☆かもね???
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