ゼロじゃない
朝ごはんを食べたら、制服に袖を通して、髪を綺麗にとかしてもらって、白いリボンを結ってもらう。最初は恥ずかしかったミルフィーユさんの「今日も素敵ですよ」という仕上げの言葉にも慣れてきた。嬉しくって朝から笑顔になれる魔法。こんな朝の迎え方を知らなかった。鏡の前で支度が終わった頃、ベルクとルーンが入ってくる。毎朝「今日もかわいいよ」と抱きついてくれるのが嬉しいし、慣れてくると、どこかでそれを望んでいる自分もいる。さぁ、言葉のゴハンでカラダがあたたかくなったら登校です!
「おはよう!」
「ーーーー」
「おはよう!!」
「ーーーー」
「おはよう!!!」
「ーーーー」
教室で挨拶をしても、まだ返事はもらえない。でも気にしない。それでも自分から言えばいい。それしかできないもの!
「おはようございます」
「おはよぉ!」
たったひとりでも、クラスメイトのマロンが笑ってくれるんだもの。そっちをみなきゃ!
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この世界はルネサンス以降のヨーロッパに近いからネットとスマホがないのはデフォルトとしても。移動のメインが馬車で、四輪自動車の開発にも至っていない。蒸気機関の発明もない。だから産業革命、エネルギー革命が起きてない。経済の仕組みはまだよく把握できていないけど、現代的な資本主義と言い切れるかどうか。でも科学がそれなりに進展してることはこの国のあちらこちらでみかける風車や水車が教えてくれた。むしろ風力や水力エネルギーの有効活用はこちらの世界の方が進んでいるくらい。
どうしても衛生が気になるけれど、それは自分が令和を生きていた日本人だからだろうか?この世界には風呂を疎んじる宗教もみかけない。ある程度の免疫、公衆衛生への理解や概念はあるように感じるのだけど……。調和と規律、経済のアレコレ、科学を21世紀の世界と比べることなど無意味だろうか?
この世界に私を必要としてくれた人はどんな人なんだろう?
「わたし」のなにを必要としてくれたんだろう?
「わたし」はどうやって役に立てるだろう?
細かいことはいいから!ナーロッパはナーロッパ!順応しとけ!
自分に言い聞かせては疑問が湧いてのメリーゴーランドは堂々巡り。
「ミス・ミチル!」
「はい!」
「つぎの問題文を読んでくれますか?」
「はい!」
ミチルを指した教師の眼鏡が鋭く光る。あわてて教科書に視線を落とすが、なにがなんやらわからない。
「申し訳ありません。どこを読めばいいかわかりません。教えてください」
「上の空だったようね?何か良いものでもあったかしら?」
「私にとっては窓から見えるこの世界の全てが素敵ものですから」
「?」
教師としては嫌味のつもりだったのだが、思わぬミチルの返答に目を丸くしている。
「綺麗な空気や、見たこともないほど青々とした樹々と山々、歴史のある重厚な建物は私がいた国では見ることができなかったモノばかりです。そんな素敵な国で自分が貢献できることはなにかと考えていました」
「この国をお褒めいただきありがとう。さすが人間族からの留学生ね。国民としても誇らしいわ。でも今は授業中。同じくらいの熱意で授業に参加してくれる?」
「はい……」
「67ページ。私もあなたを魅了させる授業をしますからね」
「はい!!」
午後の授業でぼーっとしていたのはミチルだけではなかったらしい。教室のあちこちでパラパラ、と紙の擦れる音がする。
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高校生は二度目だけど、「化学の試験で100点満点とれます★ウェーイ★」なんて死んでも言えない。
むしろ(こんなの習ったっけ)なんて驚きの繰り返しだ。異世界だろうが花びらの数は同じでおそらく自然科学の法則がほぼ同じだと断言していいのに!理系授業を新鮮に感じているのはどういうことなの?逆にほとんど忘れているわたしの記憶すごくないですか?(とほほ)
グループでは淡々と化学の実験作業が行われている。周囲は賑やかだが、ミチルのいるグループは静かだ。実験についてのミチルの発言は誰も疎かにしないし、むしろグループのメンバーは耳を傾けてくれる。にしても静か。暗い。十代特有のキャッキャウフフなはじける若さがない。
(……あたしのせいか)
はぁ。ためいきまじりに教科書をまとめて抱えていると、ポンポンと背中を叩かれた。振り向けば化学担任のリリィ女史。すらりと背が高く、腰まであるプラチナブロンドのポニーテールがサラサラきらきらと今日もお美しい。
(犬にもいるよね、美形って)
「ミス・ミチル。先週のあなたの化学のレポートはなかなかだったわよ」
「ありがとうございます!」
「聞いたんだけど、あなた、獣人の医師になりたいんですって?」
「え、は、はい」
「今の成績なら医学部は大丈夫だと思うわ?」
「ありがとうございます!」
「ただね?あなたより生きている年上からのアドバイス」
「?」
「医者の世界でもチームワークが必要よ?」
「……」
「あなたのレポートは『正しい』わ?実験中も注意深く観察しているし、よく考えてることも伝わる。細かな分析に120点をあげたくなることもある。でもね?他人と意見を交わしながら考えることも無駄ではないのよ?」
(う゛)
「人間のあなたにとっては『グループ学習』って憂鬱かもしれない。でも、それは社会に出ても同じよ」
「はい……」
「大丈夫。あなたならできるから」
「はぁ……」
にっこりと優雅に微笑んで先生のお説教は終了。孤立しているミチルの背中を押してくれるだけ、相当分別ある大人なのだろう。
そうだよね!都合の良い展開を期待しすぎちゃいけないよね!
美女と野獣の二人だって最初は警戒し合ってたんだから!
話しかけることが怖いだなんて繊細なこと言ってるヒマはないでしょ!!
ミチルは呼吸を整えると、オー!と握り拳を天にかかげたのだった。
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