月・突・衝・撞・着き
「うわあああああ!!!」
一太刀目で背中を斬りつけ、素早く二太刀めで目玉を刺せば霧雨が降った。真っ赤な血しぶきが顔に飛び散っているのに、男は笑っている。
「ひぃいいッ!!」
斬りつけられた商人は視界を奪われパニックになって叫ぶことしかできない。よろめいた脚に容赦なくもう一太刀。ずぶりと突き刺された剣先でそのまま肉を斬れば、世にも醜いケダモノが叫んだ。
「うぎゃああああああ!!!」
小太りの男がほぼ狼犬の姿で倒れたところを腹の上から踏みつけられる。じりじりとこすれる背中の斬り目が熱い!痛い!
「うぎぃ!」
斬りつけた男は笑っている。まるでこれからデザートを食べる子供のように楽しそうに。
「だ、だれだ、金か?金ならーー」
「あれ?僕が誰かわからない?」
(じゃあ よく見えるようにしてあげるね)
剣先にぐ、と力を入れて目玉をくりぬいてみせるとその中を覗き込み、「これで僕が誰かわかったかい?」なんて美しく笑ってみせた。目玉は持ち主の代わりにプルプルとゼリーのように震えている。足元の男の悲鳴なんて聞こえていない。小太りの男は目をえぐられ脚を斬られ、もう逃げられないことは明確なのにそれでもまだ手足を動かして生きようとしている。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ」
(なんて耳障りなんだろう)
剣を振り下ろして喉を突くが――思った以上に血が出ないのが残念だ。
「――――――っ!!」
そこで彼はその剣先を口の奥にねじ込んで喉の奥を、その先の肉をえぐってみせた。
「~~~あがああああぁ!」
なおも手足をバタつかせる塊に「五月蠅いよ」と吐き捨て、喉を横に切り裂けば勢いよく血がほとばしり、ようやっと人形は静かになった。どうやら動くことをあきらめたようだ。声も出ない肉塊の上に足が乗る。思いっきり体重をかけ、ずぶり、ずぶりと剣先が突き刺される。
「――――――――ッ!!!!!!!!!!!」
悲鳴は聞こえなければ意味がない。喉、背中から腹、両腕、両脚、足の甲から裏、幾度も幾度も剣が往復しては貫通する。肉塊が穴だらけになり、血の海に溺れたころ、声なき悲鳴はやみ、ピクリとも動かなくなった。
それなのに男は話しかける。ゆっくりと、子供に説き伏せるように、優しく。
「あのね?奴隷の売買だけなら殺されることもなかったんだよ?死んだ方がマシ、と思わせる程度の拷問はあっただろうけど、きっと生きられた」
「でもさ?あのコを馬鹿にするのは奴隷や薬を売るより罪が重いんだよね?あ、知らなかった?」
「あのコを護るって約束したんだ。約束は守らなきゃ。だろう?」
黙ったままの肉塊を崖から蹴おとし、しばらく水面をのぞいていると――鳥や魚たちが群がるのが見えた。
「へぇ。最期に役に立てたじゃないか」
紫水晶の瞳が優しく弧を描く。ザァ、ザァ、と波打つ音は彼にとって喝采の拍手のよう。カーテンコールののち、血まみれの彼は称えられる。『襲い掛かってきた野蛮な商人と戦った勇敢な王子』として。
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