第12話 プライド?なにそれおいしいの?
ベルクが収容所に通うようになって数ヵ月めのことだった。
「あたしも収容所に行きたい」
「うん」
ベルクはミチルが言い出すことがわかっていたように優しく笑う。
「それじゃあミチルの大学が休みに入る前に訪問しようか」
「えぇ!?」
(すぐにでも行きたい!今すぐ行かせろ!)
ミチルの顔に書いてあるのに!
「いい?僕らはあそこでなにが行われているいっさいを知らないフリをしなくちゃいけない。温室育ちの馬鹿王子はで隔離病棟には本当に病人しかいないと信じてるんだ。そして僕らは病気を信じている証拠に、訪所後はしばらく誰とも会わない日数を過ごさなきゃいけない。城から離れた屋敷で過ごすことも計算しなきゃいけないことも忘れないで?」
頭をよしよしとなだめてくる仕草に自分の幼さが嫌になる。
「ねぇ!ベルクは悔しくないの?」
「なにが」
「馬鹿にされに行くんだよ?ベルクはそんな……ちがうのに」
兄弟で一番優しいのに!しっぽや耳が出ちゃうくらい!バカにされる筋合いなんてないじゃない!
「兄さんたちが行ってみなよ。ローズはともかく、フォル兄さんとルーンなんて声はかけにくいし、下手すれば警戒される。それこそお終いだ。大切なのは老院の奴隷売買を根絶することだろ?そのためなら僕が馬鹿にされるとか、そんなことはどうでもいいんだよ」
「……立派すぎるよ。ベルクは」
「僕なんてまだまだださ。解放された人たちやこの国の未来がどうなるかをずっと考えてるけれど、いい案が浮かばないもの」
「?」
「これから数十年は国のあちこちで大規模工事が始まる。工事現場の横には市が建つ。沢山の仕事と雇用が生まれる。風俗店が設立される未来だって存在する」
「……」
「すると今度は出生差別の始まりだ。やっぱり民が民を攻撃する世界が生まれてしまう。今度はどうしたらいいんだろうね?そもそも僕のような身分の者が――」
「それは違うよ!抱え過ぎちゃ……ダメだよ」
「時々意識が遠くなるんだ。なんでこんなことしなきゃいけないんだって」
「ベルク……」
自分の発言や行動がこんなことになるとは思わなかった。
誰も自分を責めない。それが辛い。
いっそ「おまえのせいだ」となじってくれればいいのに。
「でもさ?国をなんとかするためにミチルがきてくれたって考えてる」
「へ?」
「千年オトメはこの国を救うって唄はこの奴隷問題や貧困や流行病のことだろ?僕らにできることは伝承を実現させることだ。そのために、まずはあの収容所を解散させなきゃね」
ミチルの震える指を包み込んでみせると、ベルクが優しく笑いかける。
「ベルク、ちょっとかわったよね?」
「成長したんだよ。本気で悔しかったから。ミチルに頼られる人間になりたかったからさ?」
心臓がドキドキして五月蠅い。顔が赤くなってるに決まっているから見ないでほしい。
「だからもう少し待ってて」
ふわふわと夢心地の彼女を倒れさせまいと抱きしめる。ミチルの腕がしがみつくように背中に回される。
「あたしも……待っていてほしい。ベルクにふさわしいヒトになりたいの」
ベルクが頬につたう涙を唇で舐めとると、大好きだった真っ白の犬を思い出さずにはいられなくて。また一粒、ふた粒、ぽろぽろと涙がこぼれだす。そのたびに彼の唇が頬や瞼、まつげに触れて、それがまた涙のもとになる。ミチルの涙がとまっても、彼は触れるだけのキスを辞めない。繰り返されるキスの音と耳元で聞こえるはぁ、と艶っぽい吐息に眩暈がする。ミチルから腰を押しつけるように距離を近づければ、先ほどよりも力を込めて抱きしめられた。
本当は溺れてしまいたい。
あの綺麗な唇に触れられたい。
あの指先で撫でられたい。
あの歯で噛まれ、食べられてしまえればいいのに。
行き場のない切なさをごまかすように、ベルクがミチルを力いっぱい抱きしめると、もっと、もっと、とミチルの腕にも力が入る。
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