第13話 騙 黙 舵
兄弟たちが整えだしたインフラや諸々は確実に成果を出していた。公衆浴場は賑わい、一区画に一つは設けられた公衆トイレのおかげで往来は確実にきれいになっている。もちろん城にも変化はあった。ドレスの裾の汚れは確実に減っており、洗濯をすれば数回は確実に着られるし、ヒールは汚物を避けるためではなく「オシャレ」になりそうだ。仕事を失っていた人間は清掃員として街中で働きだしたり、新しくできた市場(マーケット)で働き始める者も増えた。
隔離は解決にはならない。だけ、清潔にはできる。生活で病気は予防できる。インフラが整えば新たな雇用を生み出せる。仕事を産め、雇え。経済を動かせ。
必ずできることがある。見つけろ、行動しろ。
そこかしこから王子たちが語りかけているようだ。
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以前よりも清潔になった街並みをベルクとミチルを乗せた馬車が通る。これから収容所へ行って恒例の挨拶だ。
「第三王子がお見えになった」
「ありがたいと思え」
人間の姿に耳や尾が垂れているもの、獣脚、マズルがむき出しの者、ほとんど狼犬姿の者。うつろな瞳が二人を迎えた。
獣人達ははるか東方の人間国に奴隷として売られることが決まっている。「奴隷」といっても、かまど焚きや料理番ではあるまい。見世物で性奴隷にされることくらいミチルにも解っている。逃げられないよう薬漬けにされ、妊娠と中絶を繰り返し、廃人と化したら殺される。
彼らはそれを知っているのに、誰も助けを乞わない。声に出しても無駄と悟っているでもない。声に出していいとすら知らないだけ。黙って出荷を待つだけ。
ミチルは目の前のやせ細った少女の手を握ってみせた。
(必ず助けるからね)
吠え散らかしたい言葉を飲み込んで震えることしかできない。世間からしたら「オトメが病気の少女のために涙を流しておられる」なんてお涙頂戴シーン。国中が感動ものだ!
「いつもありがとう」
王子様は施設で働く男たちへのねぎらいの言葉も忘れない。もちろん彼は言葉だけでなく、「誠意」も添える。二月に一度は来所する二人は最初こそ訝しがられたが、数年もすれば馬鹿が金を運んでくると施設の者から待ち望まれるようになっていた。
なんて世間知らずなバカな三男と国賓!
出荷前の獣人を疫病感染者だと信じているんだから、おめでたい!
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次の訪問では前回よりも人が減ったような気がして、ミチルが職員に訪うた。
「このあいだまで居た子は?えぇと、金色の髪が肩までくらいあって。琥珀色の瞳の女の子。10歳くらいの綺麗な――」
「あれは死にました」
「そう……」
「ヤツも最後に王子様と姫ぃ(ひぃ)さまに会えて幸せだったでしょう。天国が楽しくて楽しくてたまらないハズですよ」
ミチルが真相を知らないからと、職員は下品に笑う。吐瀉せぬよう踏ん張って立ってみせる彼女をベルクが支えた。周囲から見たら国賓さまが儚き命の消失に泣き、それを王子様が支えている、なんて感嘆される姿だ。
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「馬鹿な女だ!本気で騙されてる!」
「神に祈りを、だとお!」
「今頃ラリッて天国には行ってるがな!」
「ちげぇねぇ!」
売人らはギャッギャッと汚い歯を光らせて笑う。
「あのバカ女。また次の子供を贔屓しては、その子が死んだと泣くんだ。結局誰でもいいんだよな?てめぇが目立つための材料だ」
「泣くくらいなら自分が売られればいいのに」
「人間族は人間族を買わねぇだろ」
「ちげぇねぇ!」
ぎゃはははははは!
ローソクが数本灯された部屋では下品な男たちの笑い声が響いている。随分と酒もあいたようだ。瓶があちこちに転がっている。
「あの王子この建物が本気で療養施設だと信じてやがる」
「くるたびにひとり50万もらえるんだ?馬鹿だろう」
「おいおい、王子さまは俺らに感謝しているんだぜ?バカじゃねぇ。むしろご立派だ」
「そうだそうだ。俺らは商売してるだけだ」
「いやいや生きているゴミを輸出してるんだぜ?むしろ良いことをしてるんだ」
「だから金が降ってくるんだろ!」
ギャハハハハハ!!!
その部屋の隅で宴会にも混ざらず立っていた14・5歳ほどの少年がそろりそろりと部屋を出て行った。
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