第11話目 秘密のお茶会♡
「ミチル様!!」
「マロン!!急にごめんね!」
昨日の今日だと言うのに、マロンは美しい庭で待っていてくれた。お城にも負けない美しく整えられた庭の東屋にはお菓子たちもスタンバイしている。
「いいえ!わたくしがお役に立てるのですもの!それでローズ様たちは?」
「あ、いまーーきたきた!」
三人の王子たちの正装に、使用人たちのため息が聞こえてきそう。
「マロン、このたびはありがとう♪」
「いえ、私風情でお役に立てるのでしたら光栄ですわ♡」
フォルやローズが頭を下げるのをマロンは堂々と受け止めて。
「急くようで申し訳ない。お父上は――」
「お言葉に甘えまして。応接室で待たせております」
「それはよかった♪そうそう、これを」
ローズは抱えきれないほどの薔薇の花束を手渡し、ルーンからの「差し入れ」と女子二人では食べきれないほどのおやつを部下に並べさせた。「痛み入る」とフォルが頭を下げるので「私は国民の義務を果たすだけです」なんてマロンが笑って王子たちを視線で招いてみせた。ミチルの最大仲良しの女学生ではなく、世界最大の商家の娘として。
「ミチル様。お父様に王子たちを紹介して参ります。こちらでお待ちいただけますか?」
「え、それじゃあ、あたしもーー!」
「ミチルはだめー♪」
「えぇ?なんで?」
「いつも妹がおせわになっています、って保護者の挨拶とちょっとした世間話だから♪ミチルがいたら話がごちゃごちゃになっちゃうでしょ?」
「う”……」
「またあとで来るから♪あ、そのソーセージとパン、俺らのぶんも残しておいてよ!」
「じゃあね!待ってて!」
国民の女性たちが憧れやまない笑顔で手を振るのでごまかされてしまおう。寂しい気もするけれど、今の自分にできることは目の前のスイーツを食べながら待つことだけだ。
*************
「王子!」
父親は学友の保護者が送迎のついでに挨拶に来る、と聞かされていたのだ。まさか国の王子がぞろぞろと来るなんて知っていたら、のほほんと待ってなんぞいなかった。青ざめてこそいないが、冷静でいられるわけもない!
「マロン!」
「あたし、嘘はついていないもの」
「~~~~~!!」
親は眩暈がしそうだと言うのに、当の娘はちっとも悪びれてないんだから!
「このたびは無礼をつかまつった。急を要するのと他人に漏れぬようにしたかったもので」
「いえ、それは、もう――」
第一王子が申し訳なさそうにするが、それは違うとマロンの父が首を振る。
「おとうさま」
「なんだ」
「もし、王子たちが私を介する用があったらすべて『OK』にして頂戴」
「?」
「私はいまからミチルさまとお茶会ですの♡邪魔はしないでくださる?それとベルクさま?」
「?」
「わたくしも王子に負けないくらいミチルさまをお慕いしていましてよ?」
「あ、ああ」
テーブルの上ではベルクが用意させた犬でも飲めるハーブティーがキラキラほかほかと飲まれるのを待っている。
*****************
「なるほど。これなら民間でも運営できますね。それで?この×年後の国の買い取り予想価格は××億ということですがーー」
「ええ。必ず軌道に乗ります。そこまでは我々の資金から捻出してかまわない。だが、それ以上、市場が巨大になれば目が行き届かなくなる。なにより我々は商いについての高等教育を受けていない。雇用された民のためにも泥船にするわけにはいかないんだ」
「ふむ……」
フォルが用意した『インフラのついでに市場(マーケット)を作って経済まわしちゃうもんねプロジェクト』(企画書やらうんぬんかんぬん)は見事なものだった。商いは畑が違うとは言うものの、第一王子の俯瞰力はなかなかだ。街中に人口を増やすリスクとその対処法まで用意してあるのだから、三流の商人よりは先読みの力もある。第二王子と第三王子は潤滑油か?子供だけでよくもまぁ、と言いたいところだが、この国の政治局があてにならないのも事実だ。少なくとも企画書では経済を回すために優遇されるべきは誰かを理解できている。今すぐやらなくてはならないことも。二十代の王子たちにしてはよくできていると言ってやりたいところだ。だが――。
「もう少し、ですね」
「――」
ダメだった。
「王子たちはご立派です。利益をここまで概算したのも素晴らしい。確かにこのプランなら我が会社が確実に儲かります。が、それだけでは意味がない」
「というと?」
「会社が儲かり、雇用をうめば民のためにもなる。金は循環する。それこそ王子たちにとって願ったりかなったりでしょう。だが必要なのはそれだけでしょうか?」
「――――」
「既にそれなりの財をなしているオータム家にとって、この程度のことはメリットにならないのです」
「それはーー」
「おっしゃるとおりです」
正論だ。それどころかデメリットですらある。甘かっただろうか。急きすぎていただろうか?だが今日も職を失って命を失う民がいるのに、悠長な計画なんて――。フォルもローズも紡ぐべき言葉を失っている横でベルクがゆっくりとカップを置いた。
「ではマロンを据えてください」
「「「!?」」」
「マロンをこの運営当主にしてください。経営を実践する場として、失敗と成功を学ぶ場としてこの新事業を与えてください」
「な!?」
「おま、なに言ってんだ!」
「――というと?」
「簡単です。この市場を作るキッカケになったのも、病理学のためにインフラを提案したのも、困窮民を救いたいと一番願ったのも全てミチルです。あなたの娘が大好きな親友がこの国を憂いています。そんな親友の役に立ちたいと願う娘さんの気持ちも察してあげてください。父親として」
「……ほう」
「ミチルのためならマロンは喜んでこの市場を成長させるでしょう。大学校の座学よりも必要な経験を詰み、情報を得、結果を出します。そしてすべてをオータム家に還元するでしょう。マロンは聡明です。絶対にすべてを無駄にしない」
「ベルク。いくらなんでもそれは――」
ここに同席してない他所んちの娘さんをすでに運営主扱いって、王子さまでもやっていいことと悪いことがあるんじゃないの?
ローズとフォルがだらだらと冷や汗を垂らしている。
「最初に言ってたろ?マロンは『すべてOK』だって」
「このこともお見通しだと言うのかい?」
「そうだよ。最初からマロンは覚悟ができてたんだ。この会談をセッティングしてくれた時から、ね」
「まさか」
「なんだって……」
「わかるよ。僕には。マロンの気持ちが」
ゆっくりとベルクの視線がローズからマロンの父親に向けられた。
「僕らはミチルのそばに居たくなる。彼女を笑顔にしたくなる。なぜかはわからないけれど彼女にはそんな魅力があるんだ」
「「……」」
フォルとローズも頷いている。
「マロンも僕とは違う形で行動したがっている。だったらチャンスを与えることが僕らの役割じゃないの?」
「……」
「例えばミチルが先日隣国の医師から持ってきたこのハーブティ。今はミチルとマロンだけで共有している。だけど彼女が上手く利用すれば巨大な富を得る。だろう?」
第三王子の持参金は原価にすれば数円だ。が、オータム家は新たな市場を独占できると、その権利をさしあげようと、その代わり援助をしろと笑顔で脅している。金と経験。第三王子は親が娘に与えたいものを見透かしている。
第一・二王子とは違う視点の掌握力に、オータム家の当主はごくりと唾をのんだ。 先ほどまで強い立場だったのはオータム家側だった筈だ。だが今はどうだ?
少なくともオータム氏は第三王子の瞳から視線が外せなくなっている。どうして本能的に怯えているのかわからないまま。蛇に飲み込まれるのを受け入れるしかないカエルのように。
「どうでしょう?マロンの父君にとってもいい提案だと思うんだけど」
「そう――だな……私が娘に与えられるものには限度がある。」
父親の表情が変わった!(あと一息だ!)
フォルとローズが心の中でガッツポーズをとっていた時!
「僕は正直、兄さん達とは違う。民のためになんて行動できない」
「ベルク!?」
「なにをーー!?」
(あのバカ!)(なんで今、それを言うんだ!!)
「……」
「僕の恋する女性がこの国の現状を憂いて泣くのなら、その理由を取り除きたい。それだけなんです。彼女が美味いチーズを食べたいと言ったら千里先まで買いに行くのと同じ。欲しいと言えばドレスやアクセサリーを買うのと同じだ。惚れた女を喜ばせたいだけの、ただの馬鹿な男です」
「王子が惚れた女を喜ばせるために我々に協力しろと?」
「はい」
(終わった)
ローズもフォルもげんなりしている。が、マロンの父親は豪快に笑いだした。
「男が行動するのにそれ以上の理由が要るでしょうか」
オータム家当主が書類にサインをしている!
「では!」
「えぇ。マーケットの運営が軌道に乗るまではマロンと我がグループから優秀な人材を寄こしましょう。それに建設事業も我がグループが応援いたします」
「「ええ!?」」
「『民のため』なんてしらじらしい言葉よりも、惚れた女を笑顔にしたいという言葉の方が、ずっとずっと染みました」
「「ありがとうございます!!」」
フォルとローズが深々と頭を下げている横で、ベルクは胸をはってオータム家の父の目を見据えている。オータム家当主が手を伸ばすと堂々と握り返してみせた。
「それとこれは寄付ではなく投資です。この事業は三億を十年で三倍にできますか?」
「三年で十倍にしてみせますよ」
国がこちらの言い値で買いたくなるほど、ね?
「あー!ヒヤヒヤした!」
「まぁ、なんとかなったんだ。よかったじゃないか」
「いいや!やっぱ俺は無理!!」
ローズは後ろから抱き着くようにベルクの首を絞め、もう片方の腕で拳をぐりぐりとこめかみに愛情と苛立ちを押しつけている。
「痛い!痛い!」
ベルクがギブしているが知るものか!ローズとフォルからしたらドロップキックやオーバーなんちゃらももオマケしてどつきたい気持ちでいっぱいだ!
海千山千の商人相手にバカ正直な正攻法だなんて!無茶しやがって!
「でもよくマロン嬢のことなんて出せたな」
やっとで解放され、はぁ、と涙目のベルクにローズが褒めてみせる。
「あの父親の唯一の弱点だったからね。ビジネスは誰かの隙(コンプレックス)を突くことが基本だろ?僕も弱点になるほど愛おしい存在を持つ者同士だからーーま、わかるんだよね?」
「それ、ノロケだよな?」
「痛いって!ちょっと!」
やっぱりローズがぐりぐり攻撃。
「とはいえ手柄だったのは違いない」
それもきっと「ベルクじゃなければできないこと」だった。
ミチルを介してマロンとある程度の信頼関係を育んでいたのは第三王子だけ。今日まで三人の友情に打算もなにもなかった。だからマロンも利用しろと言ってくれたのだ。
「それじゃあ我が家のお姫様を迎えに行きますか♪気が抜けたら腹が減ってきたよ♪」
「迎えが早いと追い返されないことを祈るしかないな」
「一緒にお茶すればいいじゃない♪嫌われること覚悟でさ♪」
「むぅ」
「だから俺は最初に花束を用意したもんね♪嫌われたくないし♪」
オンナキョウダイがいないって大変ね?
ただの居候だった彼女はいつのまにやら王子たちのプリンセス。王子たちが嫌われたくなくていっぱいいっぱいだなんて、誰が信じる?
三人が迎えに行けば、彼女の笑顔に『帰ろう』なんて誰も言えなくて。美味しい軽食タイムになってしまったのはしょうがないよね?
「お父様、ありがとうございました♡」
「……おまえはこうなることを知っていたのか?」
「いいえ。なにも♪」
「……」
「だけど、王子たちがそろって国で最大の商家に会いたい、なんて言ったらなにか下心があるとは思えるでしょう?」
「……」
目の前のハーブティは先ほど王子たちと飲んだものとは違い、真っ赤で随分と酸っぱい。ミチルとマロンが昼間飲んだ茶はローズヒップティーというらしく、見た目も味も男よりも女性にウケがよさそうだ。
「ねぇ、お父様?」
「うん?」
「私はミチルさまのおかげでずっと広い視野と価値観をもちました。どんな書物を読んでも、どんなに貴族の交流会に出ても得られない経験でしたの」
「あぁ」
「私も王子のようにミチルさまのためになにかしたいのです」
「わたしはまだ数回しかお会いしていなかったが。彼女には周囲を動かす魅力があるんだろうね」
「えぇ!」
娘は人間族との平穏な交易よりもはるか先を見据えている。彼女の瞳に映る海はキラキラと眩しい。王子たちと同じ瞳だ。
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