ひるがえる風

「まずは留学生の確保だな」

「建築学と技術者のほかに医学生も行った方がいいかもしれませんね」

「並行して材料のルート確保もできそうだ」

「市が建つのは時間の問題でしょうが、我々では限界があります」

「金か?」

「ええ。とくに問題は資金よりも運営です。我々は商(あきない)に関しては素人ですから」

「うん。これはいっそ民間の商人を頼った方がいいね?それもうんと金持ちの」

「ツテはあるのか?」

「あるじゃない♪」

 ローズがミチルを指さす。

「金持ちのお嬢さまってのはうんと賢いよ?自分の立場がわかってる」

「なるほど」

 

 王政と老院、金の循環。獣人の世界にも同じ闇があって。犠牲の上に成立する命があって。必要悪を利用する立場が存在しては、それでも解決したい新世代があらわれる。どこの世界も、いつの時代も悪と正義はいつもいたちごっこ。終わることはない。


「こちらには二人が森で民を助けたアドバンテージがある。連中を切り崩す路だ。ミチル、本当に感謝する」

 フォルが深々と頭を下げるので「やめてくれ」とミチルが起こそうとするが、頑として応じない。長兄は犬や狼よりも、誇り高きライオンを彷彿とさせる。

「ルーン。しばらくはこちらに専念してもらうぞ」

「また留学ですか?」

「老院に下手に嗅ぎつかれず動くには、お前が一番都合がいい」

「留学生が留年生になりそうって?♪」

 ローズがあははは、と声を出して笑う横でルーンもまんざらでもなさそう。

「ミチルの言っていた衛生について、もっと細かく調査して報告してくれ。それなりの数字もあるだろう」

「それなら あたしが行ってもいいんじゃない!?」

「ダメだ」

「どうして?」

「老院の干渉を防ぐにはある程度の権力者が行かないと。ルーンが留学生ながら国賓になれば、あちらの城や建物に堂々と出入りができる。こちらとのやりとりも建築学をメインだと言えば肝心な情報は老院へ流れにくい。ミチルでは逆に利用されやすいんだ」

「あぁ、そういう……」

 女は黙ってろ、な空気。なのにそれが嬉しいって言ったら叱られますか?


 だってすごすぎない!?

 国に帰ってから隣の国がすごいと報告しただけなのに!

 チーズを何とかして、とか泣きついただけだったのに!

 傍で見ているだけで、頬が熱い。心臓がドキドキする。

 

「ベルクはどうするの?」

「僕は収容所に行くよ。チップを撒いてこればいいんだろう?」

「そうだ」

「よくできました♪」

「お願いいたします」

「周囲にはなんていうの?工事とかいろいろ手続きが要るんじゃないの?」

「ワガママ王子様たちがご乱心♪とでも言わせておけばいいさ♪」

「えぇ?怒られない?」

「政治局なんか通せるか。言葉も通じない老害とまともにつきあってみろ。10年経っても工事が着手するわけない」

「知ってる?権力を持っていない若造って侮られているうちが得(ラッキー)なんだよ♪」

「庭の薔薇の花を折る程度だと思わせますよ」

「僕らが花束を作る為に庭の花を折ったとして誰かに叱られると思う?」

「……」

 どうしてだろう。顔が天才四銃士って言われても良いはずの笑顔が怖い……。

「私にできることは?なにかない?」

「そうだな。マロン嬢とお茶会でも開いてくれない?なるはやで♪」

「それもできればあちらの家だと助かる」

「保護者としてお父様にもご挨拶がしたいってマロン嬢に言ってもらえると助かるかなぁ♪ミチルがいつもお世話なっていますって手土産をもっていきたがってるって言えばだいたい伝わるから♪」

「そうなの?」

 緑、深紅、紫、濃紺の視線が重なりうなずき合う。マントがひるがえると、風の妖精が走りすぎたように部屋の空気が変わった。


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