第10話目 王子さまはイタズラがお好き♡
「公衆浴場を?」
「そう」
「公衆トイレ……ですか」
「うん」
帰国するや否や、フォルとローズに見て見て、と出した企画書をルーンも一緒に見ている。ハルタに教わりながら描いた「俺の考えた最強の公共施設」には、サウナや温泉、公衆トイレをつくることによる仕事の斡旋と隣接市場の発展まで書いてある。
「手洗いが、ねぇ」
「信じてもらえないでしょうけど、お願い」
「信じないもなにも」
フォルが肩をすくめ、ローズと顔を合わせてため息をつく。
「納得がいったんだ。よくぞ言ってくれた」
「は?」
長兄次兄は疑いもせずに数枚の半紙を何度も目を通しながらうなずくだけ。ルーンが自分の出番かのようにミチルに向かって口を開いた。
「昔、はるか東方から、こちらまで大流行した疫病があったんですよ。疫病自体は数百年、数十年に一度はおこります。そのたびに沢山の人族と獣人族が死に、戦争が起こりました」
「……」
「両者が両者とも神の怒りだ、と聞く耳を持たなかった。罪のない子供と女がむごたらしく殺されました。恥ずかしくて目をそむけたくなりますが、これも我が国の歴史です」
「……」
「そして今、またうっすらと得体のしれない病が流行りだしているのでは、と不穏な噂が起きていたのです。ある者は村の移住を繰り返し、またある者はこの国を出ていく。民の動きは管理できても意志までは我々にはどうしようもありません」
フォルが力強い目でミチルを見据える。
「隣国『トルティエ』はそんな動きが見えない。移民を受け入れても病人が増えないことが長年の謎ではあったんだ。だが、その理由もわからないままでな」
「じゃあ!」
「父上の耳にも届けるが、これはスピードの問題もある。我々兄弟が動いたほうが早そうだ」
「そんなことできるの!?」
「できるわけないじゃん。でも今回は違う。二人の功績がデカいんだ。国賓が、王族が動いたと判断されたからね。事態がフツーじゃないんだよ。」
「我々なら施しなんて浅はかな行動しません。だけどミチル。あなたが手紙をよこしたでしょう?それによって市場、情勢が変わったんです」
「え、そんな大げさな!!」
「官僚たちを納得させるにはあれで十分だ。頭の固い保守派や老害には正論よりもお涙頂戴話に弱い」
「三手先を読みすぎる我々にはできないことです。感謝いたします」
えーと?わたしとベルクは褒められてるんだよね?
「まずはトルティエで水道の工事技術を学んでくるんだな。どれくらいの者が集まるかはまだわからないが」
「そして学者と技術者が戻ってきたら?工事現場では沢山の雇用が生まれるね?」
「人が集まるところには市が建ちます。ここまできたら確実に経済の流れは変えられますよ。売り払った貴金属でもこの年までは生きていられるでしょう」
ルーンとローズがミチルに向かって笑いかけている。
「チーズ屋さん、開ける?」
「繁盛するかどうかは彼ら次第ですが」
あのときはチーズの売り方なんて考えずに行動したけれど……
すごい!!本当にフォルが、兄弟たちがなんとかしようとしてくれている!
「じゃあ!もし、衛生がよくなれば、この国から病人が減れば、生きたまま焼かれる人も減る?」
「ええ」
「生きたまま売られる人も、ね♪」
「ローズ!」
フォルが怒鳴るとローズがべ、と舌をだした。
「え?」
「感染病発症者が焼かれているのも事実ですが、病人の隔離対策は名前だけですよ。もちろん本当に死者もいますけれど……」
「ど、どういうこと?」
「隔離施設の正体は奴隷売買施設♪それからよろしくないクスリの実験先ってとこかな?」
「そうだったの?」
「名前だけですよ。金持ちの人間族相手に獣人を売るこの国の闇です」
「え」
「おじいちゃんたち、病人が減ったらヤバイよねぇ?隔離って名前の奴隷施設が維持できなくなっちゃう♪てわけで、老院がそのへんうまいことやって金を搾取してるんだよねぇ?そんでまーた経済を動かしちゃってるから我らが国王も強く言えないんだ。情けない話だけど♪」
「そうだったの……」
「キレイごとじゃ経済は回らない♪」
「国王である父上が口をだせないのはおかしいでしょう」
「いやいや、国王だから、だよ♪」
ローズはルーンから目をそらすが、ローズのことを責められない。ミチルに代案は浮かばない。
「金の循環に関しては何も言うまい。知恵者が金を稼ぐことは悪ではない。平等を履き違えてはいけない。だが、衛生がよくなれば病人の隔離差別と経済の循環はなんとかできるだろう。ミチルが言っていた目的だけでも果たそうじゃないか」
ルーンとしては悔しそうだが、それでも兄たちの誠意を飲もうとしていた時だった。
「ねぇ、それ、どっちもなんとかできないかな?」
ベルクだけが納得していない。
「「は!?」」
「伝染病も、病理差別も、奴隷売買も――ー。獣人が獣人を殺す、そんな時代は終わってよくない?終わらせようよ?僕らの時代で」
ベルクの紫の瞳が、声が低い。
「ミチルが助けたいのは病人だけじゃない。この世界で焼かれた死体に涙して、心中しかけた親子に泣いていた。ミチルが治したいのは病人じゃないんだろ?この国の病気だろ?」
きれいごとだ。そんな理想郷ありえない。作れっこない!
だけど。民が一番必要なものだとしたら?
椅子取りゲームの安全圏に居る我々が最初からあきらめていいのか?
「……まいったな」
「で?言うからには?なにかいい案はあるの?♪」
「ないよ」
ベルクの自信満々な笑顔に、全員が某喜劇のコントのようにずっこけている。
「兄さんたちの方が頭がいいもの。僕には策謀力はない。よろしく」
「おいおい」
「っとに」
「僕はこの兄弟で一番の落ちこぼれだ。バカにされることに一番慣れている。バカだからあなどられやすいし、バカだから油断させやすい。バカだから他人の話を聞くのが上手い」
「ベルク?」
自分を卑下しないでと言いかけたのだが――張りつめた空気に唾を飲むしかできない。
「僕は兄弟のなかで一番人の心をつかむのが上手い」
「いつでも涙を流すことができる」
「僕の言葉は人の心につけいりやすい」
「コマとしては優秀だと思うんだけど?」
ベルクの低い声にフォルが「わかった」とうなずき、「オトコになっちゃたね」なんてローズが笑う。
「いつかは黙っていられないときがくるとは思っていましたが……」
「我々の時代に重なっただけだ」
ルーンが緊張を隠さない。フォルとローズの年長組が背中を叩いて励ましてみせる。
「ミチルのおかげだよ」
「え?」
「あの森で兄さんを頼ったろ?僕は……情けないことに嫉妬した。自分のレベルを棚上げしてね。なにより自分の未熟さに落ち込んだんだ」
「そうだったの……」
「だけどわかったんだ。僕には僕にしかできないことをやればいい、って。三手先を読めないならコマになればいい。だろ?」
いつもと違う姿に息をのんでいると。その王子は優しい視線でミチルを捕らえた。
「ねぇ、ミチル。声に出してよ。僕らはキミのコマだ。遠慮しないで。キミの一言で僕らはもっと動ける」
ハルタが言ってくれてた。声にしろ、って。そっちがあたしの努力だって。
あたしになんもできなくっても、やれることがあるとしたらーー
「おねがい。あたし、この国で生きているみんなを幸せにしたい。泣いている人を減らしたい。この国を――獣人の民を、助けて」
「「「「わかった」」」」
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